時は夕刻。
砂隠れの里を橙に染め上げる時間帯。
我愛羅は里を優しく包むこの時間が好きだった。
砂に乗り里を一望して少しだけ目元を細める。
地上では手を繋ぎながら歩く親子、アカデミーから帰るのを迎えにいく親兄弟。
自里の者達が笑う姿を見て我愛羅はほんの少しの寂しさと、嬉しさを覚えていた。
己が体験した悲しみや苦しみ、絶望のような寂しさを今、無邪気に笑う子供達が
知らぬ世界を作らねばならぬと改めて思っていた。
その為には今起こっている件を早急に片付けねばならないなと考えガリガリと首の後ろを掻く。
今はまだ、ごく一部で起こっているがいつ里内に蔓延するかわからない。
そう考えてハタリと気づく。随分と無理をさせているのだと。
木の葉から連れて来たサクラはこれでもかと言う程、研究に没頭していた。
正直ここまで真剣に考え、自里でもない砂隠れを想ってくれるのはありがたい。
だが何がそこまで彼女を動かすのか。
ナルトやサスケと共に居て多少の劣等感を感じているのを知っている。
しかし、今やあの綱手の弟子として医療に従ずる者で知らぬ者は居ないと言うというのに、何故貪欲に力を求めるのだろうか。
いつか、崩れ落ちてしまうのではないかと我愛羅は少しだけ恐怖を覚えていた。
ハタリハタリと靡く風が我愛羅の頬を撫で吹き抜けていく。
我愛羅にとって春野サクラと言う人物は未だに計り兼ねていた。
「休み?」
「あ、はい。休暇届はテマリ様に出したと聞きましたけど……?」
あれ、聞きませんでした? とマツリの返答に我愛羅は目を細め入れ違いになったか。と心の中で呟いた。
「我愛羅先生!」
何かを思い出したのか、あ! と声を上げマツリは研究施設を出て行こうとする我愛羅を呼び止める。
「なんだ」
「最近、サクラさんが帰るのが早かったり、お昼休憩によく外に出られるんですが何か知ってますか……?」
「俺が知るわけなかろう」
「……ですよね」
あはは! と笑いながらマツリは後頭部を掻き、すみませんでした。と軽く頭を下げた。
「でも、最近多いですよねサクラさん」
「確かに、ここに居る人達以外で知り合いもそんなに居ないだろうし」
マツリの疑問をなぞる様にその場に居た研究員の数名が声を揃えてわいわいと話し出す。
砂隠れでサクラが親しいといえるのは我愛羅達、姉弟かマツリ達数名。
それ以外に誰か居ただろうかと思考を張り巡らせるがたいして思いつかず我愛羅は瞬きをする。
「あ、もしかして……!」
「そう思う?」
研究員の若い女が二人嬉しそうに頬を染めながら顔を見合わせた。
「どうしたんですか?」
「やーねー、マツリ! サクラさんにいい人がいるんじゃないかって話よ!」
「ええ!? ま、まさか……!」
女の一人が笑いながらマツリに話しかけるのを我愛羅はほんの少しだけ目を見開いて眺めていた。
「だって今まであれだけ研究に没頭してた人が突然、仕事が終われば直ぐに帰るし、お昼も気がつけば姿を消しているのよ」
これをどう説明するの! としたり顔で言う女にマツリは「ダメです!」と声を上げる。
「そんな、ダメですよ! そんなの!!」
「な、何よそんなに否定しなくても……」
顔を真っ赤にしてむすくれるマツリに女は目を丸くした。
「とにかく駄目なものは駄目なんです!! ですよね! 我愛羅先生!!!」
いつもとは違うマツリの気迫に我愛羅は思わず「ああ……」言葉を返すしかなかった。
研究施設を後にし執務室に戻った我愛羅は、片付けても片付けても減らない書類の山にウンザリし頬杖を付いて溜息を吐く。
机の上に広げたままの書類を眺め、目を少し細め我愛羅は頬杖をしていない片方の人差し指で無意識のうちに机をカツカツと叩いていた。
『サクラさんにいい人がいるんじゃないかって話よ!』
執務室に来る前に寄った研究室での会話。
研究員の女の一人の言葉が妙に頭の中に残っていた。
「くそっ……」
恋愛なんて無縁だった我愛羅とて『いい人』の意味ぐらいは重々承知だ。
「何処のどいつだ」
考えあぐねたが分かるはずもなかった。
我愛羅の頭を過ぎるのはサクラを連れて来る条件として綱手が言った言葉を思い出す。
『あの子に変な輩が付くのを阻止しろ。変な男にでも引っかかってみろ……』
鬼の形相の綱手を思い出し我愛羅は、ふぅ。と息を吐いた。
殴られるな、確実に。
綱手だけじゃない、ナルトやサスケ達からも確実に殴られるだろうな。
そんな事を思い我愛羅は早々に手を打たねばならんと考えたが、
今日の夕方から明日にかけて大名との会合がある事を思い出したためマツリにでも探らせるかと本日何度目か分からぬ溜息を吐いた。
3:変化 了
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