ダンッ! と背中に走る痛みに思わずサクラは顔を顰めたが、はっと顔を上げればカチリとぶつかる新緑の瞳に思わず息を呑む。

「が、我愛羅くん……!」
 声を上げるも、ぐいっと壁に押さえつけられた両腕に一体何をするのかと声をあげようとした、が思いの外近い距離にサクラは思わず息が止まる。

 
 差し込んだ月明かりが我愛羅の瞳を濡らしキラキラと輝かせていた。


「自分を蔑ろにしてまで誰が教えろといった」
「……」
「仮にもお前が奴等の近くで倒れてみろ。その時やつらは誰を責める? 自分達だ」
「……倒れないわ」
「そんな不確かな言葉だけで、」
 更に攻め立てようとする我愛羅にサクラはキッっと顔を上げ眉を吊り上げた。

「しょうがない!」
「しょうがないじゃない!」

 互いに大きくなる声が薄暗い廊下に響き渡る。


 近い。
今にも鼻先が触れそうなほど近い距離にサクラは息を止めた。
我愛羅が少しだけ悲しそうな表情をしていたのでサクラは何も言えなかった。


 何で、そんな表情をするの。

 サクラは心の中で何故。と言葉を紡ぐ。
空はいつの間にか闇に染まり、静かに佇む月の光が二人しか居ない廊下に注がれる。

 拳に力をぎゅっと握れば我愛羅の手を思わず意識してしまった。
手首を掴む掌が思いの外大きくて。
覆い被さる様な我愛羅に男と女の違いを垣間見た気がした。

 思わぬところで我愛羅を"男"だと感じたサクラは思わず及び腰になり言葉に詰まる。

「……っ」
「サクラ」

 サクラの手首を掴む掌、耳に心地良く残る声色。
我愛羅に名前を呼ばれたサクラは思わず顔を赤くする。

「ぁ……」

 眉を下げ困った表情で我愛羅を見上げれば思わず触れた鼻先。
ガクリと足の力が抜け崩れ落ちそうになるサクラの我愛羅は思わずサクラの首筋に顔を近づけた。
 緊張感で少し汗ばんだ首筋に我愛羅は素直に「色っぽい」と内心思う。

「俺は……」

 何を言うのか。
我愛羅の声にサクラはハッと一度小さく息を吸う。

 ぎゅっと瞼を閉じたサクラの手を突然離せば力が抜けたのかサクラは思わずヘタリと座り込んだ。



「我愛羅、こんな所に居た……ん、サクラ、どうしたんだ?」

 廊下の角から姿を見せたのカンクロウ。
座り込むサクラを見てカンクロウは瞬きをした。

「なんでもない。それよりなんだ」
「お、ああ。報告書じゃん」

 サクラではなく我愛羅が返事をしカンクロウに近づき渡された書類を受け取る。


「戻る」
 短くそう告げた我愛羅は薄暗い廊下を歩いて姿を消した。
我愛羅の姿が見えなくなるとカンクロウは腰を抜かしているサクラに視線を移す。


「なにかあったじゃん?」
 にやり、と笑うカンクロウを見てサクラは思わず首を振る。

「いえ……何も」
 心臓を掴むかの様に胸元をぎゅっと掴んでサクラは奥歯を噛む。
ドクリドクリと主張する心臓に、静まれ! 静まれ! と何度も心の中で繰り返した。



「まぁ、我愛羅は分かりずらいと思うじゃん」
「え……」
 ガリガリと頭を掻きながら今し方我愛羅が歩いて行った廊下を眺めてカンクロウは呟いた。

「だけど、女だったら誰彼構わず手出すようなヤツじゃないじゃん」
「そ、そりゃぁ……そうでしょう……」
 我愛羅の真面目さなら知っている。ここ数ヶ月砂隠れで生活している中で理解したつもりだ。
まぁ、同じベットで寝ることは寝たが手を出されていないというのが証拠だろ。


「まー、前向きに向き合ってくれよ」
 そう言って目を少しだけ細めて笑うカンクロウにやっぱり兄弟だとサクラの頭の片隅でぼんやりと考えた。
ほら、と手を掴まれて立たされたサクラは視線をさ迷わせ床を眺める。

「私は……」

 私は我愛羅くんのことをどう思っているのだろうか。

 サクラは自問自答したが答えは出てこなかった。
ただ、もしあの時カンクロウがこなかったら我愛羅はどうしたのだろう。


 あの言葉の続きは何だったんだろうか。
考えれば考えるだけ、サクラは何故だか声を上げて泣きたくなってしまった。


4:多分それは、 了