頬杖を付いてぼんやりと机の上に散らばる書類を眺めた我愛羅は溜息を吐いて書類から視線を上げる。
椅子に体重を預ければ小さくギシリと音が鳴る。
天井を見上げた我愛羅はゆっくりと瞼を閉じて、右手で両目を覆う。
じわりじわりと心臓の辺りを蝕む何かに我愛羅は眉間に皺を寄せる。
コンコンと扉を叩く音。
視線を下ろし入れと短く言えば目の前の扉が静かに開いた。
5:燻る想い
「今回の定期報告です」
「ああ」
ぱさりと受け取った書類に目を通し我愛羅は了解した。と短く言葉を返したが机の前に立っていたマツリが動く気配は無かった。
「我愛羅先生」
「……どうした」
受け取った書類をぱさりと机の上に置きマツリを見ればぎゅっと目に力を入れていた。
「あの、何かあったんですか……!」
「……何かとは何だ」
我愛羅自身もそこまで会話を得意としないがマツリは直球にどうしたと聞いてくるので頭を悩ませる。
「サクラさんですよ!」
ふん! と鼻息荒く地団駄を踏むマツリに我愛羅はゆるりと無い眉を吊り上げる。
「サクラが如何したと言う」
マツリの口からサクラの言葉が出てくるのは珍しい事ではない。
今回の派遣よりも前から、今日はサクラに何を教えてもらったやら、サクラと一緒に食事に行ったなどよく聞いていた。
だが今回は我愛羅にも少々思い当たる節があるためサクラの話題は早めに切り上げたかった。
「ここ最近の定期連絡は何かと理由つけてこないですし! それにこの前一緒に飲みに行った時も自暴自棄みたいで酷かったんですよ」
もう! ともう一度鼻を鳴らせマツリは我愛羅に「何したんですか」と問い詰めた。
「何もしてなどいない」
「だったら……!」
何食わぬ顔で言葉を返す我愛羅にマツリは更に噛み付こうとしたが、まるで犬を追い払うかのように手で払われる。
「用は済んだだろう。早く出て行け」
暗に仕事の邪魔だとほのめかすような我愛羅の態度にマツリはギリギリと歯を鳴らし、失礼しました! と声を張り執務室を後にした。
マツリが出ていくのを見送り我愛羅は両肘を机につき、組んだ指に額を乗せた。
「はぁ……」
ここ最近増えた溜息の多さに気が付き、また一つ溜息を吐いた。
はたりはたりと小走りで風影塔のロビーに向かったマツリは目的の人物を見て声を上げた。
「テマリ様!」
名前を呼ばれたテマリはロビーに設置されている椅子に腰を下ろし雑誌を見ていたが、顔を上げてマツリに視線を向けた。
「どうだった」
問われた言葉にマツリは首を横に振る。
「やっぱり私じゃ無理ですよー!」
ひいぃと声を上げ項垂れたマツリにテマリはそうか。と短く言葉を返し椅子から立ち上がる。
「どうしたもんかな」
「サクラさん、昨日も一緒に飲みに行ったんですけどもう……」
溜息を吐き昨晩を思い出しマツリは顔色を変えた。
サクラと共に夕飯ついでに一緒に飲みに行けばサクラは浴びるようにお酒を飲み、
顔を真っ赤にしながら『我愛羅くんの馬鹿! 阿呆!!』と言い放ち店先で豪快に寝てしまったのだ。
そこに偶々通りかかったテマリが合流しどうしたのかとサクラを起こせばテマリの顔を見るや否や
泣きながら『我愛羅くんが!』と言うだけで真相は分からなかった。
うーんとロビーで頭を悩ませているテマリとマツリ。
背後から近づいた人物が二人に気がつき言葉をかけた。
「こんな所でなにやってるじゃん」
「カンクロウ」
任務帰り。
ではなく近々行われる砂隠れ伝統である、人形劇の舞台の準備をしていたカンクロウはいつも持っている傀儡ではなく
人形劇の舞台で使用する人形を背負っていた。
「ちょっとな」
「何だよ、教えてくれてもいいだろ」
言葉を濁すテマリに眉を吊り上げ怪訝な表情をするカンクロウを見て、テマリは一度だけ息を吐いてガリガリとうなじを掻いた。
「我愛羅とサクラがな……」
言い辛そうにするテマリの言葉にカンクロウは少しだけ目を見開いた。
カンクロウが我愛羅とサクラが二人で居たところを目撃したのは半月前。
明確に何があったかは知らないが確実に我愛羅がサクラに何か行動を起こしたのは確かだ。
我愛羅がサクラを見る視線に意味を持っているのに気がついたのは一体いつだったか。
最初は多分、ナルトやサスケを通して春野サクラを見ていたはずだ。
やつらが言う「サクラ」に母を見ていたことを知っている。
それが変わったのはいつからだったのかカンクロウは知らない。
母を夢見た女を、何時しか一人の女として見ていた。
無意識だったのだろう。我愛羅が手を伸ばそうとしているのをどこか耐えている様子だった。
それが壊れてきていたのはサクラを砂隠れに連れて来てからだ。
他里の人間でサクラほど砂隠れを思っている人物は居ない。
今回サクラを砂隠れに連れてくる前に我愛羅がテマリとカンクロウに言った言葉だ。
チヨ婆の事でサクラが砂隠れを少なからず大切に思っているのは確かだ。
その思いも血の滲むような努力も砂隠れに住まう人々に理解されている。
我愛羅自身が気がついていないのだ。
その言葉に含まれている自分の中に眠る想いなど。
カンクロウは常々思う。
無自覚なものほど厄介だ、と。
一人でうん、うん考えていたカンクロウを見てテマリとマツリは顔を合わせ見る。
「カンクロウ、悪かった。お前には……」
関係ないことだったな。そうテマリが言おうとしたのをカンクロウが遮った。
「ここは俺に任せるじゃん」
「……はぁ?」
任せる? 何を? その意味を含めテマリは声を上げてカンクロウを見る。
「男同士の方が話しやすい事もあるだろしな」
「男同士ねぇ……」
うーんと首を傾けたテマリだったがカンクロウも我愛羅もいい歳だ。
姉である自分が深く介入するよりも同姓のカンクロウに任せたほうがいいかもしれない。
「それとなく話を聞いてきてくれ。サクラは私達で探ってみよう」
隣に立っていたマツリに視線を向ければコクリと頷く。
「じゃぁ、行って来るじゃん」
と右腕をヒラリと上げたカンクロウに「いいけど人形は置いて行ったほうがいいぞ」とテマリの声が人のいないロビーに響いていた。
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