書類に判を押し、大名や影達への返書を書き今日はこれぐらいにしておくか。
そう考え筆を置いた所で、目の前の扉がノックも無しに開いたことに我愛羅は眉間に一本皺を入れた。


「お前もテマリもいい加減ノックをする事を覚えたらどうだ」
「悪い、悪い」
 
 さほど悪びれた様子もないカンクロウを見て我愛羅は、何だ。と問う。

「今日は任務でも無いだろう。ここに来る用事が無い筈だ」
 暗にさっさと帰れ。と述べる我愛羅の言葉をさらりと聞き流してカンクロウは室内にあるパイプ椅子にドカリと腰を下ろした。

「なあ、我愛羅」
 まっすぐと、何事もないように自分の中にするりと入り込んでこようとするカンクロの瞳に我愛羅は思わず視線を外す。
幼少期のことがあったにせよいくらなんでも過保護すぎやしないだろうか。
 我愛羅はぼんやりと頭の片隅でそう思ったがじっと見てくるカンクロウに短く言葉を返した。

「なんだ」
 手元の書類を簡単にまとめ重要書類をファイルに入れたところでカンクロウの言葉が落とされた。


「お前、サクラのことどう思ってる」


 ピタリと腕を止め、一度だけ瞬きをしゆっくりとカンクロウに視線を向ける。

「どうとは何だ」

 少しだけ、ほんの少しだけ動揺していたのかもしれない。
我愛羅とサクラが廊下で二人でいたことをカンクロウは知っている。
だが、それに関してカンクロウが我愛羅に深く聞くことは無かったため気にも留めていないと思っていたのだ。



「そのまんまの意味だよ。『春野サクラ』のことをお前はどう見てるのかって聞いているだよ」
 カンクロウの問いにじわりと胸の奥が疼く感覚に我愛羅は少しだけ唇の端を噛んで考える。

「……優秀な忍だと思っている。五代目火影の弟子にして高度な医療技術を持つ。並の努力では身につくものではあるまい」
 導き出した答えは嘘ではない。
サクラの苦悩も努力も間近で見てきたわけでは無いし、サクラ自身が公言しているわけでもない。
だが医療と研究を重ねてきたサクラのボロボロの掌を見れば分かる事。

 うん、そうだな。と我愛羅自身納得した所で手元のファイルをパチンと留めた。

「あー……悪かった。俺が悪かったじゃん」
 ガクリと項垂れたカンクロウを見て我愛羅は首を傾ける。

「質問を変える。……お前サクラの事を抱けるのか?」
 その言葉にビタリと手を止め、我愛羅は少しだけ目を見開いた。

「……任務とあれば」
 そろりと視線をさ迷わせ、我愛羅は自分の掌にそろりと視線を落とす。
視線を落とした我愛羅を見てカンクロウが「違う!」と声を上げれば我愛羅は顔を上げた。

「任務とかそういうの全部関係無しにお前はサクラに触れたいと思った事はないのか」
カンクロウの言葉に目を見開いて呆然とする我愛羅にカンクロは更に言葉を続ける。

「サクラの周り男がいたらどうする」
「ナルトやサスケのことか……?」
「じゃなくて!」
 我愛羅の返答にカンクロウはガリガリと頭を掻く。


「例えばサクラがどっか誰とも知らない男と結婚して子供産んだらどうする!」


 カンクロウの言葉に我愛羅はぼんやりと頭の中でサクラが見知らぬ男に笑いかけているのを想像してしまえば、吐き気がした。
心臓を握り潰される感覚がして苦しかった。
口の中が酷く苦く感じた。


「……嫌だ」
 サクラが知らぬ男と笑い合う事も、誰かと体を繋げその先の未来を作るのが嫌だと感じた。
それが自分であればどれ程喜ばしいことか。
 腹の底で何かが気づけと唸り声を上げる。

「…それは、お前がサクラに惚れてるからってことだろう」
「俺が…? サクラに?」

 じわりと滲む掌。
甘く疼きだす心臓。

「無自覚もいい加減にするじゃん」

 カンクロウの声が頭に響く。

「我愛羅、お前がサクラの事を一人の女として好いてるってことじゃねーか」

 ドクリ、と一度心臓が大きく跳ね動揺から視線をさ迷わせ机に突っ伏した我愛羅にカンクロウは笑い声をあげた。

「まーどうするかは我愛羅次第だろうが」
「サクラは……」
「あ?」
 我愛羅のポツリと呟いた声。


「サクラは俺の事どう思っているんだろうか……」


 我愛羅の質問にカンクロウはガリガリと首の後ろを掻いて「知らねーよ」と一言。

「嫌われてはないんじゃねーの?」
「そうか…」
 顔を上げまぶたを閉じた我愛羅はほんの少しだけ安堵する。


 甘く疼く心臓が、サクラを欲しいと渇望する。