これ以上踏み込んでしまえば後には引けない気がする。
ぼんやりと頭の片隅で警告する何かに心臓がドクリドクリと主張する。

 嫌だ、木の葉に帰りたい。
そう思ってしまえば、何時だって自分の歩むべき道を照らしてくれた太陽の青年を思い出す。
 変わる事を脅え、サクラは自分の中に眠る何かに気がつかぬふりをした。


「サクラ姉ちゃん!」

 バタン! と大きくドアが開け放たれる音。
直後に大きな声で名を呼ばれ肩をビクリと震わせる。

「どう、」
 どうしたの! そう問いかけようとしたが少年の姿を見てサクラは眉間に皺を寄せる。

「倒れた!! 助けて!!」
 叫んだ少年の背には、ここで身を寄せ合って生きている幼い女の子の姿があった。

「吐血……!」
 ダラリと口元から流れ出る血液。
サクラは急ぎ手袋をはめ女の子の体をゆっくりと寝かせた。

「お、おい! 大丈夫なのか……!」
「姉ちゃん助かるよな……!」

 女の子を背負って帰ってきた少年と、その少年より少し幼い男の子は身を寄せ合い共に生きて来た女の子にの身を案じた。

 掌にチャクラを集め幼い女の子の胸元に手を翳す。
淡い光が女の子の体を包みこめば、流れるように出ていた血がピタリと止まった。

(流行病か……分かっているのは空気感染じゃないってこと……だったらこの子は一体何処で……)

 女の子の病状をよく観察していたサクラは、なんだ。と違和感を持った。

「ねぇ、この花なに……」
 女の子が握り締めるのは見た事も無い紫色の花。
毒々しいような、禍々しいようなその花を見てサクラは胸元がチリチリと痛む感覚に襲われた。

「それか、それは最近よく見る兄ちゃんにもらったんだ」
「兄ちゃん?」

 女の子の病状を確認しながら少年の言葉に耳を傾ける。

「ああ、最近僕ら気遣ってくれるんだ。ここら辺でたまに見るし……」
「大道芸人? っていうのかな……お手玉とかよく見せてくれるし、傀儡で遊んでくれるよな」
「そうそう、今度隣町で人形劇やるんだって言ってた」

 少年達の言葉に、そう。と短く返したサクラにこの花、綺麗だよね。と少年がにこりと笑えば欠けた歯が見えた。

 綺麗? この花が?
頭の中に過ぎる疑問。少年達の表情を見れば心の底から思っているらしく、サクラはそうね。と呟いたが胸の中に残る違和感は拭えなかった。




  ***


「もしかすると……とんでもない見落としをしていたかも知れないわ」
 走り書きで報告書に文字を書き綴ったサクラは筆を置く。

「空気感染しないと言う事は媒体のものに触れる、もしくは摂取する事」
 対象となる人物に『その媒体に触れさせなければいけない』つまり、今回の流行病は故意的に身寄りのない子供達を狙った犯行。
報告書に書いた内容を追いながらサクラは頭を抱えた。


 まるでこれは、人体実験だ。

 子供達を対象とし、体の細胞をどうしたら壊せるのか。
特効薬を作らせないためにどのウィルスに変化させればいいのか。

 砂隠れを、いや風の国を狙った大規模な犯行だ。
確証は無い。だが違和感を感じるのは確かだ。

 カツリカツリと机を指で弾き、ガタリと音を立て椅子から立ち上がる。


「悩んでる場合じゃないでしょ! 何のためにここに来たのよ!」
 パチン! と軽快な音を立て両頬を叩いたサクラは自分に喝を入れる。

 倒れた女の子が持っていた一輪の花が希望を見出してくれた。
燻る感情は後回しだ、今はそんな事を言っているときではない。


「このままじゃ被害が拡大する……!」

 手に力を入れれば報告書がくしゃりと音を立てた。


5:護り護られ、助け合う  了  →