「マツリちゃん、一つお願いしていいかしら」
「は……はい!」

 ひそりと耳打ちをするサクラに少しだけ声を張ったマツリ。
顔を上げると、サクラが人差し指を立て、しー。と小声でマツリに微笑んだ。





「サクラさん、コレは何でしょうか……」
「んー? 特効薬の一覧」

 サクラに手渡された書類を目にし、ヒクリと思わず吊りあがる口元。
覗き見るようにサクラの顔を見ればにこりと笑っていた事にマツリはガクリと肩を下げる。

「ちょっとマツリちゃんに作ってほしくてね」
「えーっと……期日は……」
 どうやら急ぎの様だという事は見て取れたがマツリの言葉にサクラはパシンと両手を合わせて「ゴメン!」と声を上げる。

「明日の夕方までに」
「えええ!?」
 思わず大きな声を上げてしまったマツリは慌てて口元を押さえる。
サクラに与えられた研究室の一室。
キョロキョロと辺りを見ればサクラとマツリしかいないことに、ほっと息を吐いた。

「これは、マツリちゃんにしか頼めないの」
「……サクラさんはどうするんですか」
 その問いかけにサクラの指にほんの少しだけ力が入る。

「……我愛羅くんに、報告しなきゃいけない事が出来たの」
 サクラの言葉にマツリは目をきょとりとさせた。


「あの……、サクラさんっ!」
 意を決したようにぐっと顔を上げたマツリはサクラを見つめた。

「我愛羅先生と何があったか聞くべきじゃないと思いますけど、でも……サクラさんは我愛羅先生のことがお嫌いですか」
 言葉を発した後ふいっと目を逸らし不安そうな表情を浮かべたマツリをぼんやりと見つめた。


 嫌い? 私が、我愛羅くんを……?


 マツリの言葉が頭の中で繰り返される。
蓋をしていた感情が、早く気づけとカタリカタリと音を立てる。


「我愛羅くんの事は……」
 嫌いなはずが無い。そう思うよりも早くドクリと大きく跳ねた心臓。

 触れるぐらい近かった鼻先に甘く香る砂の匂い。
共に酒を飲み同じ皿をつつく事も、酒の席でふざければ目元を細めて思いの外柔らかく笑う事を知っている。
 ぐるりと駆け巡る思考。
自らの手で男の子を討ったあの時、みっともなく泣いたサクラの頭にぽすりと置かれた掌が大きくて優しかったのを覚えている。


「……っ」
 声にならぬ叫びを上げ、思わず口元を押さえたサクラは真っ赤に頬を染め上げる。


「サクラさん?」
 顔を覗き込んだマツリは大きく目を見開いた。

「どうしよう、マツリちゃん……私……」
 頬だけでなく首まで真っ赤に染めたサクラはぎゅっと目を瞑り震える声でマツリにぽつりと言葉を漏らした。


 我愛羅くんが、好きかも知れない。


 目を開けたサクラの濡れた瞳がゆらりと揺れ、拳を胸元でぎゅっと握り締めたサクラを見てマツリも思わず頬を染めた。

「だっ、大丈夫ですよ! 自信持ってください!」
 ワクチンの製薬は任せて下さい! と鼻息を荒くするマツリにサクラは二回瞬きをして、コクリと頷いた。

 さー、頑張るぞ! と腕を振り、張り切るマツリの背を眺めた後、ほんの少し目を伏せた。

 こんな時に私は何を考えているんだ。
子供達の命が、砂隠れに生きる人達の命が掛かっている。
 愛だの恋だの言っている場合じゃないのだ。

 サクラはそう自分自身を叱り付け、下唇を噛締めた。
里が違えば身分が違う、有望な里長としがない医忍だ。


『もし、そんな人物が居るなら『俺』を『俺』として見てくれる人物だ』

 いつか聞いた我愛羅の言葉。
付き合っている人物は居ないと言っていた。だけど気に掛ける人は居るかもしれない。

 叶わぬ恋だ諦めろ。
 自分に言い聞かせた言葉で心臓が引き裂かれてしまいそうだった。


5:燻る想い 了