扉の前でノックをする態勢で固まったまま眉間に皺を入れ、うぐぐと唸っている人物を見て通りかかったテマリは首を傾げた。
名を呼ぼうか。そう思い息を吸った所でガチャリと無機質な音が鳴り扉が開いた。

「……さっきから何をしている」
「あ、や、ちょっと……」

 気まずそうに頭を掻いたサクラを見下ろす我愛羅。
パチパチと瞬きをしながらその様子を見ていたが扉を開けたままの姿勢から微動だにしない我愛羅と 視線を落としたままのサクラに痺れを切らしたテマリが「お前達」と声をかける。

 ビクリと肩を震わせる二人の様子にテマリは怪訝な顔をした。

「何してるんだ」
 驚いた表情を見せる二人に、サクラならまだしも我愛羅まで珍しいな。と思いながらも顔を見合わせないという状況からは脱したらしい。
サクラの方に変化があったかと考えていたテマリの腕がガシリと掴まれる。


「テマリさん、丁度良かった。一緒に報告を聞いてもらえませんか?」
「あ、ああ……」
 にこにこと笑うサクラだったがどこか威圧的だったのを感じ取りテマリは思わずコクリと頷いた。
チラリと我愛羅に視線を向ければ少しだけ安堵した表情に見て取れた。



6:一陽来復




「実験、ねぇ……」
 あくまでも仮説の内だがと前置きし、サクラからの報告を聞いてテマリはうーんと顎に手を当てる。
現時点での今の状況を纏めた報告書を受け取った我愛羅も、ふむ。と声を上げた。

「確証はないですけどね……ただ……」
 言い淀むサクラに我愛羅は視線を向け、なんだ。と問う。

「研究チームに内通者が居るかもしれない」
 サクラの言葉に我愛羅の目が細くなる。

「サクラ、思い当たる節があるんだろう。教えてくれないか」
 目尻を柔らかく下げたテマリにサクラはコクリと頷いた。

「正直、今一緒に研究してくれてる皆を疑う事はしたくないけど、明らかにこちらの内情が漏れてる。
五日前に運ばれた子から検出されたウィルスのワクチンは二日前に出来たばかりなのに、昨日、倒れた子にはそれが効かなかった」

 ギリッと八重歯を噛むサクラを一瞥し、我愛羅は報告書に目を落とす。
そこにはサクラが直接対応したと記載が残されている。

「昨日か」
「ええ、目の前で吐血した子よ。今は応急処置をして入院をさせているわ」
 顎に手を当てたテマリは我愛羅から報告書を受け取る。

「なるほど……新しく作り上げたワクチンの情報が何かしらの形で犯行者に漏れていると」
 報告書の内容を追テマリは呟いた。

「昨日運んだ子供には何も処方できていないのか……」
 目を伏せる我愛羅を見て、今は。とサクラは短く答えた。

「最新のワクチンを今、我愛羅くん直属の部下であるマツリちゃんに作ってもらってるわ」
「マツリか」
 コクリと頷きサクラは懐から小さなビニール袋を取り出し机の上に置いた。


「花弁……?」
 何の花かは不明だが真っ白な花弁に我愛羅とテマリは首を傾げた。 

「この花、その子が持っていた花の一部です。元々禍々しいぐらい紫色をしてました。
改良したワクチンの液体に浸したら付着していたウィルスが死滅しました」
 ぎゅっと眉間に皺を入れてサクラは言葉を続ける。

「この花はとある男から貰ったそうよ……」
「男……?」
 疑問に思った我愛羅は顔を上げてサクラを見る。
その視線から逃れるようにサクラは視線をさ迷わせビニール袋に入っている花弁を見つめた。

「倒れた女の子と一緒にいた子が、大道芸人……? とか言ってたわ。傀儡を使ってるとか、今度隣街で人形劇をするとか……」
 私にはちょっと分からないんだけど。と付け加えれば我愛羅とテマリは顔を見合わせた。

「舞台か……」
「隣街ならカンクロウも参加だろう。別グループかもしくは、旅芸人か……」
 二人の会話を聞いていたサクラがコトリと首を傾げるのを見てテマリは、ああ。と言葉を上げた。


「砂隠と言うより、風の国の伝統行事なんだ。年に一度、都で一週間かけて祭りがあるんだ。
でも今回大名達のいざこざがあってな。都で祭りが開催出来ないから砂隠から近い隣街で行われるんだ」
 傀儡師が行う人形劇は必見だぞ。とテマリの言葉にサクラは目を輝かせた。

「そうなんですね! 一度ぐらい見てみたいな……」
 
 呟くように発した言葉。
翡翠色をした瞳がキラキラと輝いているようだった。
 サクラの言葉に目尻を柔らかくしたテマリは、暇があれば一緒に行こう。とサクラの頭を撫でた。

 にこやかに笑い合うテマリとサクラを見て、我愛羅がわざとらしくゴホンと咳払いをする。

「この件に関してはこちらで探ろう。テマリ暗部を五人、あとカンクロウも向かわせろ」
「わかったよ」
 報告書を見ながらテマリに指示を出す我愛羅をサクラは見た。

「我愛羅くん、私も――」
「駄目だ」

 サクラの言葉が言い終わる前に我愛羅はピシャリと遮った。

「まだ何も言ってないわ」
「言わなくとも分かる。お前も向かわせろというのだろう」

 顔をあげた我愛羅はサクラを睨み付ける様に眉間に皺を入れた。
うぐぐと口篭るサクラに我愛羅は、はぁ。と溜息吐く。

「あくまで、お前は木の葉から火影の誓約の元連れて来たんだ。何かあれば火影に顔向けが出来ん」
「だけど……!」
 なおも喰らい付くサクラの肩にテマリがぽんっと手を置いた。

「サクラ。砂隠の為にお前が身を粉にして頑張ってくれているのは分かるし嬉しいよ。だけどサクラを心配してる奴等も居るんだ、私を含めてね。
砂隠の医忍達でサクラを慕う奴等も沢山居る。マツリだってその一人さ」
「……私は」

 テマリを一度見上げたサクラはすぐさま視線を逸らし、視線を落として床をじっと見つめた。

「医学の事はとんと分からないし、私達に出来る事は殆どないから現状サクラに頼りっぱなしの所もあるけどさ、
そんなに焦らなくていいよ。砂隠で生きる命だ。図太さだけなら木の葉にだって負けやしないさ」
 にこりと笑ってサクラの頭をくしゃりと撫でた後、テマリはサクラの目尻にうっすらと残る隈を親指で優しく撫でた。

「テマリさん……すみません」
 肩を落として項垂れるサクラに、いいさ。と笑ったテマリは我愛羅を見た。
じっと見られサクラは内心ギクリとしたが、我愛羅は顔を崩さずサクラに告げる。

「サクラ、今日はもう帰って休め」
 我愛羅の言葉に眉を下げたサクラは素直にコクリと頷いた。

「うん」

 短く返事をしたサクラがくるりと振り返りドアノブに手を掛けた我愛羅がそうだ、と声を上げた。

「もし、大規模な何かが起こるとすれば祭りが始まる三日後からだろう。それまでに体調を整えておけ」
 我愛羅なりに心配した言葉。
これでも頑張った方か。とテマリは苦笑いをして我愛羅を見た。


「うん、ありがとう」

 にっと歯を見せて笑ったサクラに我愛羅は薄く笑った。




「……すまん」
 サクラが立ち去った執務室でぽつりと我愛羅が呟いた言葉にテマリは目を丸くした。

「何が?」
「いや……なんでもない」
 手元にあるサクラが持ってきた報告書をなぞる我愛羅を見て、テマリは肩を震わせ笑う。

「まぁ、フォローをするのは私らの仕事だろう。それにアンタが惚れた子だったら尚更だろう」
 テマリの発言に思わず目を丸くして、知っていたのか。と言えば、まあね。と腰に手を当て今度は声をあげ笑った。

「お姉ちゃんは何でも知ってるんだよ」
「くそっ」
 机に突っ伏した我愛羅の耳が若干赤いことに気が付きテマリは我愛羅の頭をぐしゃりと撫でた。

「じゃぁ、私は暗部の手配をしてくるよ」
「さっさと行け」

 はいはい、と右手を上げ執務室から出て行くテマリの背中を見送った我愛羅は頬杖を付いて溜息と吐いた。