肌が焼けるような熱い日差し。
木陰で古びた本を一冊読んでいた少年は落ちてくる影に顔を上げる。

「あ、兄ちゃん!」
 目の前立つ人物を見て立ち上がった少年が笑えば欠けた歯が見えていた。

「今日はどうしたの? 隣街にいるんじゃなかったの?」
 にこにこと笑う少年に男はうっすらと笑みを浮かべ懐からピエロの仮面を取り出した。

「今日はいいものあげようと思って」
 かぽり、と男が仮面で顔を覆えばピエロの面が笑いながら少年を見下ろす。


「え、」


 何を見せてくれるの。
そう問おうとした少年はお腹に走る鋭い痛みに目を見開かせた。

 ゆっくりと少年のお腹を突き刺すそれはナイフ。
少年が男を見上げばピエロの仮面が笑っていた。

「君達ゴミのお陰で最高の物が出来上がった。喜べ風の国が恐怖に包まれる」
「あ、ああ……」

 男は声を上げ笑いながら少年の腹に刺したナイフをゆっくりと押し込んでいく。
ジワジワと少年の服が真っ赤に染まり、鋭いナイフの刃を少年の血が塗らした。

「あああああああ!」

 震える声で叫び男を見る少年の瞳は絶望で染まる。

「あはははは、恨むなら運のない自分を恨むんだな」

 ドサリと音を立てて落ちたのは少年が持っていた医学書。
生温い風が辺りを包む。

「じゃあな、ゴミ」

 その言葉と共に男がナイフを引き抜けば少年の体から大量の真っ赤な血液が吹き出す。
崩れ落ちた少年は、ざらざらと肌を撫でる砂を小さな拳で握り締めるしか無かった。





 ザワザワと煩い人だかり。
何かを囲うようにして見ているのは綺麗な服を着た裕福な人間。
 煩い声を引き裂くように聞こえた叫び声にサクラは足に力を入れ走った。

「誰か助けてよ!!」

 泣き叫ぶ声。
男の子が叫べばまるで見世物のように顔を見合わせる大人達。

 辺りを漂うのは嗅ぎ慣れた血の匂い。
サクラは眉間に皺をいれ「どきなさい!」と人混みを掻き分け入り込んだ。

「サクラ姉ちゃん!!」」
 ボロボロに泣きながらサクラの名を呼ぶ男の子はもう随分と仲良くなった子。
男の子が抱えていた少年の胸に耳を当てれば、微かにだが息があるのにサクラは一度大きく息を吸った。

「応急処置を施すわ」
 手にチャクラを集め淡い光を放つ。
元々、自己治癒力が低い子供達だ。一日に一回食事が食べられるかどうか。
常に生死の境を彷徨う少年が、今まで虐げられてきた少年がサクラを見て誰かを助けられるのが凄いと言った。

『サクラ姉ちゃんみたいに、誰かを助ける力がほしいな』

 いつの日か少年が言った言葉。
この世界で、志半ばで一体どれだけの命が尽きているのだろうか。
 この国で、この里でどれだけの幼い命が大人達に手を伸ばしていたのだろうか。


「しっかりしなさい。何のために私の医学書あげたと思ってるのよ」

 少年の傍らに無造作に落ちていた、血に染まった医学書。
奥歯を噛みサクラは翡翠色の瞳を涙で濡らす。

 浅く呼吸を繰り返す少年が微かに瞼を開けてサクラを捕らえる。

「サク……ラ、ねえ、ちゃ……ん」
 血と砂で汚れた幼い手のひらがサクラの手首を掴んだ。

「里が、危ない……かぜか、げ様に……」
 虚ろな瞳の少年の言葉をサクラはしかと受け止めコクリと頷いた。


「大丈夫、風影はあなた達を守ってくれるわ」
 眉を下げサクラが笑えば少年は欠けた歯を見せ、にーっと笑って見せた。


 少年を抱え病院へと向かうサクラに泣いて助けを呼んでいた男の子が「助かるよね。もうこれ以上仲間が死ぬのは嫌なんだ」とポツリと呟く。
必ず助けられる確証はない。だけど死なせたくないのはサクラも同じ。

「信じましょう」
 生きたいと願う少年を。


 サクラの瞳は諦めていなかった。