さらさらとどこか遠くで流れる水の音。
薄暗い室内に響くその音を掻き消すように我愛羅が口を開いた。


「薬の製薬などはマツリを使え」


 言われた言葉にサクラは思わず我愛羅の顔を見た。
いつものような仏頂面がただ、見ていた事にサクラは拍子抜けする。

(そうよね、仕事の話だもの。こんな時に何を考えいているのよ……)

 ゆるゆると視線を落とし、未だ口を付けていないグラスを見つめて、頷いた。

「あれは、俺の直属の部下だ。お前の身の回りの世話と指示に従うように話している」
 まあ、俺が指示しなくともあいつから申し出はあっただろうがな。と心の内で我愛羅は零す。

「うん、マツリちゃんには助かってるわ。無理してもらってるけど嫌な顔もしないで――」
「サクラ」

 突如としてサクラの言葉を遮った我愛羅に驚き顔を上げれば、眉間に皺を寄せていた。


「そんな顔をするなと言っただろう」
「――え」


 対面から身を乗り出しサクラの左頬に我愛羅の右手が触れる。
焼けるぐらい熱い我愛羅の指先にサクラはただ、驚いた。

 我愛羅の親指がサクラの唇をざらりとなぞる。
ただそれだけなのにサクラは背中に鳥肌が立つ。

「が、我愛……羅く、ん」
 熱を帯びたサクラの吐息に、我愛羅の瞳がゆらりと揺れた。 

 捕らわれたのはどちらだったのか。

 サクラの腕を掴みめば、テーブルの縁に身を乗り出したサクラの膝が当たる。
ガタリと音を立てグラスが倒れたのをサクラが視線で追えば、阻止するように我愛羅の両手がサクラの両頬を掴み包み、少しだけ乱暴に引き寄せた。

「は……んぅ……」

 噛み付くように我愛羅から落とされた唇。
口内まで食べ尽くすように我愛羅の舌が進入する。
それをただ甘受するサクラがぎゅっと瞼を閉じれば、我愛羅の意外にも力強い腕がサクラの細い腰を抱き
テーブルの上をずるずると引き寄せ、胡坐を掻いた足の上にサクラを座らせた。

 我愛羅の右肩を掴むようにサクラが腕を伸ばせば、パシリと手首を捕まれる。

「ふぅ、ぁっ……」

 空気を求めるようにサクラが思わず口を開けば舐め尽され、
どうしようもない感覚にサクラの瞳から涙がはらりと零れ落ちる。
 唇をぺろりと舐められ、零れた涙を我愛羅の舌が掬う。

 はあ、と息を吐いた我愛羅はサクラを膝に乗せたままサクラの肩口に顔を埋めた。


「……我愛羅くん」
「なんだ」

 サクラの細い腰をがっちりと掴んだままの我愛羅は、頭上から降りてくる言葉に顔を上げず答える。

「あの……どうして、」
 もごもごと言葉を濁すサクラに我愛羅は更に腕に力を入れた。


「お前の全部がほしい」

 我愛羅の発言に頭の処理が追い付かないサクラは「え」と呟く。

「どういう……」
 意味なのだろうか。瞬きをするサクラが疑問に思えば我愛羅がサクラの肩に顎を乗せ口元を歪ませた。
 
「そのままの意味なんだが」
 その言葉にじわじわと胸元が熱くなり、サクラは顔を真っ赤に染めた。


「お、おかしい!」
「なにが」

 突然声を上げたサクラの言葉に我愛羅は間髪いれずに言葉を返す。

「だって! 私は木の葉で、我愛羅くんは砂隠れで!」
「ああ」
「ただの医忍と風影じゃない!」
「それがどうした」
 何の問題がある。怪訝な顔を見せる我愛羅にサクラは眉を下げてしまった。

「誰かを好きになるのに意味がいるのか?」
 我愛羅の瞳がサクラを見つめれば、サクラは思わずふるふると首を横に振った。

「ううん」
 今にも泣き出しそうなサクラの頬を撫で、我愛羅はもう一度サクラの唇を親指でなぞる。
軽くサクラに口付けをして、首筋を撫でた所でコンコンと聞こえた音に我愛羅は指を止めた。



「おや……随分とお盛んだったようだねぇ」
「煩い」
 まだそこまで手を出していない。と我愛羅が答えれば姿を現した老婆がにひひと笑う。
我愛羅達のやり取りをどこか遠くで聞いていたサクラは両頬を手で押さえた後、自らの指で唇をそっとなぞった。


「お嬢ちゃん」
 しゃがれた声で呼ばれサクラは思わず声が裏返りながら返事をする。

「な、なんでしょうか」
「話を聞いてなかったね。とにかくそこのテーブルは掃除するから飯は上で食べな」
 煙管を銜えた老婆に言われ、サクラは少しだけ残念に思いながらも、はい。と頷き立ち上がる。
我愛羅をチラリと見れば視線がかち合い、我愛羅の目元が僅かにだが優しく見えた。

 ぼん! と音がするのではないかと言うほどサクラの頬から首が真っ赤に染まるのを見て我愛羅は視線を逸らし肩を震わせながら笑っていた。


「はいはい、いいからさっさと出ていきな。全く、ここはホテルじゃないんだよ。やることは自分の家か宿でやっとくれ」

 にひひとからかう老婆に我愛羅がもう一度煩い。と言い放つ。
サクラの腕をぱしりと掴み歩き出す我愛羅にサクラはただ、背中を見つめていた。

 地下のオアシスから店内へと続く階段を上がる間繋がれたままの腕は、火傷をしそうなぐらい熱かった。



7:伝わる熱 了