「風影!」
ほんの少し高いそうな声。
黒髪が良く似合う少女が一人、我愛羅を見れば嬉しそうに抱きつこうとした。
「っ、」
「うあ!」
寸でのところで思わず避けた我愛羅は眉間に皺を寄せ、通された室内にいたカンクロウに視線を向けた。
「風影! 何故避けるのじゃ!」
「……体がつい」
「相変わらずし失礼なヤツじゃ!」
キイィと地団太を踏みながら声を荒げる少女に向かって女性の声が落とされる。
「姫、はしたない。もう少しつつしみを持ちなさい」
「お母様……」
髪を一つに結った長身で、真っ赤な口紅が印象的な女性。
母と言われたその女性は険しい表情を少女に向けていた。
厳重な護衛に付き人の数。
目の前の少女が大名の娘であると容易に想像が出来た。
劇場のとある一室。
我愛羅共に足を踏み入れたサクラは目の前の光景をただ呆然と立ち尽くしていた。
「誰じゃ、お主」
サクラの目の前に立つ少女は見上げながらサクラに問う。
姫と呼ばれた少女は歳は10を過ぎたあたりだろうか。
綺麗に着飾った少女は可愛かったが、サクラはぼんやりと、お人形さんみたい。と思ってしまった。
「えっと……木の葉から派遣されました、春野サクラです」
ぺこりと頭を下げるサクラをじろじろと見定める。
口の端をくいっと吊り上げ少女は笑った。
「はん、春野? 聞いた事ないのう……木の葉には名家が多いと聞くが、
お主のような名も知らぬ女しか派遣できんとは木の葉の質も落ちたのう」
蔑む言葉にサクラは目を丸くする。
少女の言葉を聞いた我愛羅はピクリと眉間に皺を入れた。
「火影も歳を取ったと聞く、判断が――」
「姫! それ以上はお止めなさい!」
少女の母親が続ける少女の言葉を遮った。
「お母様……」
「貴女がやっている事は一歩間違えば木の葉と砂の同盟破棄になりかねない」
もう十になるのですよ! と母親の声が響き少女はびくりと肩を震わせる。
「……申し訳ございませんでした」
項垂れて床を見る少女は力なく謝罪の事を述べる。
少女を一瞥した母親が、申し訳ない、どうか気を悪くしないでくれ。とサクラを見た。
「だ、大丈夫です! 慣れてますから!」
両手を胸の辺りに上げ左右に振りながらもう一度、大丈夫です。と母親を見つめた。
「そう、ありがとうございます」
にこりと笑うその笑顔は綺麗だったが、少女を見下ろした目がまるで氷のように冷たかった。
くるりと振り返った母親は我愛羅とカンクロウに向かって何か話しかけていたが、サクラはそれよりも目の前で項垂れる少女が気になり視線を落とす。
白い掌をぎゅっと握り締めた少女がぽつりと呟く。
「愛してくれないくせに」
小さく小さく呟いた言葉。
その言葉は我愛羅やカンクロウ、その場にいた砂の忍や少女達の付き人には聞こえず、
少女の真後ろにいたサクラだけに微かに聞こえた言葉だった。
どうしたものか。と一瞬頭の中で考えたがサクラは腰を少し曲げ少女に視線をあわせた。
「楽しみですね、人形劇」
にこりと笑うサクラに少女は驚いたがすぐさま眉をつり上げた。
「木の葉の伝統とは比べ物にならんぞ!」
「はい」
「傀儡師の魅せる人形劇は一度見たら忘れられぬぐらい迫力があるんじゃ!」
「はい」
「……聞いておるのか! ええい、馬鹿にしおって!」
両手を振り回し憤慨する少女に「聞いてますよ」とサクラは微笑んだ。
その様子を視線の端で見ていた我愛羅は小さく息を吐いた。
***
クツリクツリと笑う男が一人。
手に持ったナイフをくるくると回し口元を歪める。
「決行は今日だ。上手い具合に風影もいる……始末できたら報酬は倍額だ」
くるりと回していたナイフの切っ先を目の前の人物の喉元に向ける。
「わ、わかった……邪魔なものは全て始末しろ、成功したら倍とは言わん上乗せしてやろう」
「さっすがー、分かってるねぇ」
ひゅーと口笛を吹く男は近くの机に置いていたピエロの面を手に取った。
「それでは俺はここを離れる、後のことは頼んだぞ」
「はーい、はい」
どうぞご勝手に。カポリと仮面をはめるながら男は軽く返事をする。
コソコソと隠れるように部屋を出て行く人物の背中を仮面越しに見た男はもう一度クツリと笑う。
「あー、カワイソウ」
これから殺しにいく人物の事をちらりと頭に浮かべて笑う。
薄暗い部屋の中、ピエロの面が笑っていた。
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