明かりを落とされた大ホール。
舞台の上では風の国の演者や、旅芸人による出し物が披露されている。
異国の地ではよく見る手品やサーカス芸。
 それに目を輝かせていたのは大名の娘のだけでなく隣でサクラも思わず見入ってしまっていた。

「すっごい……!」
「そうじゃろ! だがな、傀儡師の人形劇はもっと迫力があって凄いんじゃ!」
 いいなー、見たい! と興奮するサクラにふふんと笑う少女。
それを見ていた我愛羅は少々頭を抱えていた。


 舞台がよく見える観客席の二階。
そこには大名の妻と娘。そして我愛羅とサクラを含む暗部が数名。
演者側にはカンクロウ率いる傀儡部隊。

 大名の妻と娘がいるのは今日のみ。
だとしたら実行犯が動くのがこの公演中の数時間の間。
 腕を組みながら我愛羅は舞台をじっと見つめていた。



 バンっと劇場内の照明が全て消える。
それに反応して観客が、どうした。なにごとだ。とザワザワと騒ぎ始めた。

「これって……演出?」
 薄暗い中サクラが咄嗟に少女の手を握るとしっかりと握り返す少女に、大丈夫。と言葉をかけた。

「どうだろうな……」
 カンクロウから軽く聞いていただけで舞台上での演出にまで我愛羅は気に留めていなかった。
ざわざわと大きくなる観客の声。
事故なのか。
誰もがそう思い始めた時、舞台に一つ照明がつく。


「みなさん、どうか騒がずに」

 舞台上に突然現れたのはピエロの面を被った男。


「喜べ、今からお前達の死ぬ時間だ」

 笑っているピエロの仮面が、血に濡れていた。


「きゃあぁぁぁ!!」
 観客一人の叫び声。
それが切欠に一階の観客席がパニックに陥る。

「どけぇ!」
「押すな! 道を開けろ!」

 観客の一人が一階の出入り口の扉に触れた瞬間、ドン!! と響く爆発音。

「起爆札!」
 一階の爆発を耳にしサクラが叫ぶ。

「ちっ!」
 民間人が多い中あまり大きな技は使えない。
二階の手すりに足を掛けピエロの面の男を見下ろす我愛羅に男は顔を上げた。


「知ってるか。感染症は恐ろしいんだぜ」

 男が持っていたのは一輪の花。
それを見たサクラは、まさか! と声を荒げた。

「ウィルスが付着した胞子は何処まで飛んでいくんだろうな」
「そうはさせん」

 男が花の胞子を飛ばそうとすると同時に我愛羅が二階から飛び降りる。

「はっ、おそ……」
 仮面の下で男がその距離から間に合うはずも無い。
そうほくそ笑んでいたが、花を持つ手が動かない事に気がつき自らの腕を見る。


「傀儡師が操れるのは人形だけじゃないじゃん」

 舞台の袖からチャクラ糸を伸ばし、男の腕を拘束したのはカンクロウ。
一瞬、動きが止まった仮面の男に我愛羅が瓢箪から砂を繰り出し拘束する。

「ふん!」

 仮面の下で男が笑えば砂で拘束した男がボン! と音を立て姿を消す。

「影分身か!」
 カンクロウが声をあげ、舞台の袖から飛び出し暗闇に包まれる二階に視線を向けた。




「あんな舞台上にひとり出たら格好の餌食だろう」

 頭上から聞こえる声にサクラが顔を上げればピエロの仮面とキラリと鈍く輝くナイフが見えた。
仮面の男はナイフの切っ先をサクラの隣に居る少女目掛け突きつける。
間一髪のところでサクラが少女を抱え飛び跳ねればそれを追うピエロの男。
少女を抱き抱えたサクラの背を目掛け仮面の男がナイフを突き立てようと腕を伸ばした。

 瞬間、ガシリと掴まれる仮面の男の腕。
暗部の面をつけた忍が男の喉元目掛け手を伸ばし、勢いよく壁に縫い付けた。

「ぐっ」

 背中に走る衝撃に仮面の男が一瞬呼吸を乱せば、暗部の面をした男の背後に砂の粒子がざわりと動き出す。

「砂……!?」
 まさか、と声を上げるよりも早く砂が仮面の男を拘束する。
暗部の男がサクラに視線を向けるとサクラは拳にチャクラを纏い、仮面の男目掛けて殴りかかった。


「歯を食いしばりなさい!!」
 しゃーんなろー! と声を上げ仮面の男の鳩尾に強烈な一撃をお見舞いした。

「うぐ!!」
 強烈な痛みと全身の骨が砕けるような感覚に見舞われ仮面の男はその場に力なくガクリと倒れこむ。
気絶した男を砂で持ち上げると、暗部数名が即座に現れ男の身柄を拘束する。

「民間人に被害は」
「今のところ、この男が殺害したと思われる男が一名」
「今回の舞台に出演者するはずでした旅芸人の一人と思われます」

 その報告を受けた暗部の仮面をした男は溜息を吐き、仮面を取り外した。

「我愛羅くん……本当、いつの間に入れ替わったの?」
 カパリと仮面を外し、顔を見せたのは暗部の衣装に身を纏った我愛羅。
一階の舞台上に視線を向ければそこは砂だけが残されていた。

「砂分身だ」
 サクラの隣で舞台を見下ろす我愛羅に、全然気がつかなかった。と言葉を漏らす。

「風影! どういうことじゃ!」
 説明をしろ! と半泣き状態の少女が声をあげた。

「もう大丈夫です。何も気にする事はありません」
 少女に視線を合わせるように方膝をついて説明をする我愛羅。
泣きながら我愛羅にしがみ付いた少女の背を我愛羅は優しく撫でた。

「本当じゃな。本当じゃな……」
 何度も何度も繰り返す少女の言葉に我愛羅は、はい。と返事をする。


 その光景を見ていたサクラは心臓の辺りがザワザワとするのに気がついた。
ほんの少しだけ口の内側を軽く噛み、指先をピクリと動かす。


 そろりと視線を逸らしサクラは情けない。と叱咤する。
醜く渦巻く感情に声を上げて泣きたくなった。

(こんなことで嫉妬するなんて、自分が嫌になる)


 自覚した感情は、もう止められない。


8:渦巻くもの 了