届くかどうか分からない、一つ文に想いを託す。
窓に止まる可愛い遣い。その足にきゅっと結んで頭を撫でる。

「お願いね」

 この想い届けてね。
呟いた言葉に、まん丸とした瞳で見られ笑みを零せばするりと手の中から飛び立っていく。
 飛び立つその姿をしかと目に写し、遠く小さく見えなくなったところで机に突っ伏し、ゆっくりと瞼を閉じた。

 さらりと流れる薄紅色の髪の毛が穏やかな日差しでキラキラと輝いていた。



1:夢を、見る




「おかしいってばよ」


 人が疎らに行き交う廊下。
大量の書類を両手に持ち顔を歪めるナルトに、呆れた表情を向けたシカマルは頭をガリガリ掻く。

「何がだ。その書類はお前が今回破損させた公共物についての始末書だ。妥当な量だと思うが」
「ちげーよ! いや、違くねぇけど! なんだよこの量!」

 食って掛かるナルトにシカマルはうるせぇ! と短く言葉を返す。

「俺は今から五代目に報告しに行かなきゃなんねーんだよ! 主にお前が暴れまわった報告をだ!」
「あれはサスケの野郎が……!」

 弁解をしようとするナルトにシカマルは聞く耳を持たず、それ今日中に書いておけよ。と言い残し五代目火影である綱手の元に向かっていく。
シカマルの背中を眺め、ちぇっと舌打ちをするナルトに背後からどうした。と掛けられた声に首を傾けた。

「なんだ、ネジか」
「なんだとはなんだ」
 相変わらず失礼な奴だな。と腕を組むネジに「だってよー」と口を尖らせる。

「サクラちゃんがなー」
「サクラ? サクラがどうした?」
 言葉を促すネジを見てナルトは溜息を一度吐く。
 
「最近さー「綺麗になりましたよね」」

 ナルトの言葉に被せる様に聞こえる声。
背後からにょきっと現れた全身緑のタイツにナルトは思わずぎゃ! っと声をあげた。

「ゲジマユ……驚かすなよなー」
「何言ってるんですか! いつどんな時も油断禁物ですよ!」

 ふふんと笑うリーに、うるせぇ! と短く返す。
最近のサクラの様子が可笑しい、少し前髪を切っていた、昨日はスカートを穿いていたなど言い合う二人にネジは苦い顔をする。


「お前達……」
 まるでストーカーみたいだぞ。ついつい、そう言いそうになったネジはぐっと言葉を飲み込んだ。

「いい加減にしないか。そんな事ばかり言ってるからサクラに迷惑がられるんだぞ」
「うるせぇ! ネジにはわかんねーよ」
「そうですよ! サクラさんの美しさはわかんないですよ!」
 ぎゃんぎゃん吠えるように二人に捲くし立てられ、そうか。とだけ小さく返答する。


 いまだ攻め立てるようなリーとは裏腹に突然大人しくなったナルトにネジは視線を向けた。
ぼんやりと窓の外を見るナルトの視線の先に、たった今話題に上がっていたサクラの姿が見えた。

 海のような青い瞳は柔らかく、ほんの少し物悲しげに見ていたナルトにネジとリーは顔を見合わせた。


「それにしても、本当……サクラちゃん綺麗になったよなあ……」
 ぽつりと呟くような声。
嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな声。
ナルトの本心が分からないネジは窓の外に移るサクラに視線を向ける。

 病院の患者だろうか、白衣を纏ったサクラは柔らかく微笑んでいた。


「どんどん、俺達を置いて行っちまうんだよなあ……」

 ぽつりと呟いた言葉が廊下に静かに響く。
ナルトが手に持っていた始末書がクシャリと、音を立てた。



 うずまきナルトにとって春野サクラと言う人物はいつだってキラキラと輝いていた。
新緑よりも深くて淡い、翡翠色の瞳に写されるのが嬉しかった。
素直じゃない所も沢山あるけれど、最後はいつだってカラリと笑って名を呼んでくれるのだ。

 ずっと、ではないが長い時間共に歩んで、共に戦ってきたのは自負している。
一緒に歩んできた彼女の変化に気がつかないわけがなかった。
 なんだかんだ言ってサクラは情に流されやすい。
どんな相手で、いくら自分が傷つけられようと最終的に許してしまうのだ。


 奥歯を噛んで眉を顰める。
危険視していた奴等は山ほどいる。だからこそ一人にさせてはいけなかった。


「サスケ!!」

 もやもやする感情のまま、本日非番のサスケの元に足を運べば、もう随分と見慣れた面子にナルトは眉を吊り上げた。

「やー、ナルト久しぶり。元気?」
「うわー煩い奴がきた……」
「香燐、同じ"うずまき一族"なんだ仲良くしたらどうだ」

 草臥れたうちは一族の敷地内。
古びた一角を居住スペースとしているサスケの元に姿を見せていたのは、サスケが里抜けのとき共に生き、戦ってきた鷹のメンバー。
 ナルトの姿を見れば三者三様の反応を見せた。


「何しに来た」
 縁側に座り、庭を見つめるサスケは顔も上げずナルトに問う。
塀の上でしゃがんでいたナルトはサスケの問いには答えず、口元を歪め水月を目に入れる。


「て言うか、来過ぎじゃねーの? いくらバーチャンが許可したとは言え大蛇丸とまだ繋がってんだろ!」
「なーに、そんな事? 五代目火影の正当な取引の元、不問にしたんだから文句だったら火影に言えば?」
 ニイと歯を見せて笑う水月に、眉を吊り上げナルトは顔を逸らす。

「ナルト……何しに来た。用件を言え」

 ナルトと水月のやり取りを聞いていたサスケは小さく溜息を吐き、二人を交互に視界に入れる。

「あ、そうそう。最近サクラちゃんに何があったか知らね?」
「はあ……?」

 何を言っているんだコイツは。と言うような視線でナルトを見たサスケだが少し考えて口を開く。

「俺よりお前のほうがサクラといる時間が長いだろ。俺が知るわけないだろ」
「まあ、そうだけどよー……」
 ボソリと呟き歯切れの悪いナルトにサスケは眉間に皺を寄せた。

「大体サクラがどうした。何か変わったことでもあるのか」
「えー……お前、サクラちゃん見てなんとも思わないわけ?」
「……何が」

 頭を抑え、ナルトがまじで言ってんのか。と心の中で呟いてそっと香燐を見た。

「大変だな、お前も」
「煩せぇ」

 香燐の恋心をそれとなく感づいていたナルトは香燐を見て眉を下げるしかない。

「何のことだ」
「べっつにー、本当お前はよー……」
 サクラといい、いのといい、目の前の香燐といい、何故こんなにもサスケに惹かれる女が多いのか ナルトは理解しかね首を傾げて目を細めてサスケを見下ろす。

「お前もう少し人の気持ちに敏感になれよ」
「……それはそのままお前に返そう」

 互いに睨み合うナルトとサスケを見て水月は笑い、香燐は呆れ、重吾はのんびりとお茶を啜っていた。
穏やかな時間が緩やかに過ぎていく。