喧騒も無く、ゆったりと穏やかに過ぎていく里。
相変わらず、どいつもコイツも危機感無い顔してやがる。
ぼんやりとそんな事を思いながら里内を散策していた香燐は思わず名前を呼ばれ足を止めた。

「香燐ー、久しぶりなにしてんの?」
「……いの」

 偶然通りかかった山中花店。
花の手入れをしていたのか両手いっぱいに薔薇を持っていた、いのの姿があった。

「仕事で寄っただけだ」
「あら、そうなんだ。今回はどれぐらい木の葉にいるの?」
 薔薇をショーケースに仕舞いながら聞くいのに、香燐は短く一週間ぐらいだな。と返答する。

「そう、それにしても大変よね。いくら綱手様が口添えしたとは言え各里の情報収集とか危険任務とか……」
「あー、そうでもねぇよ。任務をこなせば報酬はキチンと貰えるし。何より色々制約があって各里の忍が潜入し難い場所でもウチ等なら問題なく入れたり出来るしな」
「傭兵集団よねぇ、もう」

 くいっと眼鏡を整える香燐を見て、お疲れ様。と労いの言葉をかけるいのに香燐はふっと笑った。

「そう言えばさ……」
 少し考えるような香燐の仕草にいのは花粉が付いた手をエプロンで拭いながら、どうしたの? と問う。

「最近、サクラの様子って変なのか……?」
「ん、サクラ?」

 まさか香燐の口からサクラの名が出てくるとは思わなかったいのは瞬きを二回した。


「あ! そうそう、なーんか最近隠してるのよね」
「隠してる?」
「そう! 妙にそわそわしたり機嫌が良かったり。元々嘘が苦手なタイプだからねーサクラは」
 あ、でもそれがどうかしたの? と香燐に質問すればコクリと頷く。

「さっきサスケのところにサクラの事でナルトが来てな」
「ああー、なるほど」
「お前なら何か知ってるかと思ったんだが、違ったようだな」

 腰に手を当て店の前を行き交う人に目を向けた香燐にいのは眉を下げて笑う。

「そうね、ナルトもサクラの事で何度か私に聞きに来たけど生憎なーんにもしらないのよ」
「そっか、邪魔したな仕事中に」
「いいわよ、気にしないで」
 ふふ、と笑ういのが今度はお花買って帰ってよね。と言えば「今度大蛇丸様が好きな花を聞いてくる」と言葉を返した。



 木の葉の里はやはり甘い人間が多いらしい。
以前捕まっていた時の監獄の忍と偶々再会すれば、元気にしてたか! と声を掛けられる。
 正直言えば刺激がない。他里に比べ本当に甘っちょろい連中ばかりだな。

 香燐は前髪を親指と人差し指で挟みながら、人を避けて歩いてく。
髪の毛伸びたな。今度大蛇丸様に切ってもらおうかな。
 頭の片隅で考えながら歩いていると、自分の真っ赤な髪とは違う、薄紅色の髪が揺れるのを見つけた。


「何してんだ」
「ひぎゃあ!!」

 ふっと背後から声を掛ければ忍にあるまじき反応で驚きの声を上げる、サクラに片眉を器用に吊り上げる。

「お、お、お久しぶり! 」

 目に見えて動揺しているのが分かるサクラが後ろ手に何かを隠したのに気が付き、香燐が視線だけを手元に向ければカサリ、と小さく紙が擦れる音がした。

「手紙……?」

 そう言えば、先ほど真剣な表情でポストを覗いていたな。と理解し香燐が呟けばサクラは顔色を赤く染めたり、真っ青にしたりなんとも急がしそうで仕方がない。
 怪しいな。これは何かを隠している。
ニヤリと口元を歪めて笑った香燐は咄嗟に腕を伸ばして手紙を奪おうとする。

「ぎゃ!」
 寸での所で身を翻したサクラは、何するのよ! と声を上げた。

「ははーん、そんなに大事な手紙なのか」
「ち……違うわよ」

 ぐしゃり。と聞こえる手紙を握り潰す音。
一歩後ずさるサクラに対して、一歩近づく香燐。

 サクラの足がジャリ、と砂を踏みつけ脱兎の如く逃げようと屋根に飛び移る。

「ウチから逃げられると思ってんのか!」

 声を張った香燐がぐっと腕を前に伸ばすと、背中から黄色く輝く鎖がサクラ目掛けて飛んでいく。

「ちょっとー! こんな事で"うずまきの力"を使わないでよ!」
 ぎゃー! と声を上げるサクラの身体を簡単に拘束し腕を縛り上げた。

「いやー、便利な力だな」
 このお陰で依頼される仕事も幅が広がる。
そんな事を考えながらサクラの手から手紙を奪い取った。

「あ! ちょっと、待って、待って!」
 香燐の行動に顔を真っ青にし慌てたサクラは思わず声を上げた。

「ふーん、名前は書いてないのか……」
 報告書でもない、手紙を太陽に向け透かして見る。
墨で書かれた達筆な文字、中身はよくわからないがサクラの慌てように香燐は何となく感付いた。


「……男か」

 その言葉にサクラの身体がビクリと反応する。
サクラの反応に香燐は小さく息を吐いた。

 サスケに殺されそうになったあの時。
香燐を傷を癒したのはサクラで、その時に紛れも無いサクラのサスケへの感情を知った。
 愛していたのだろう。大切にしていたのであろう。
あの時泣きたくても泣けなかったサクラの表情を、何故だか香燐は思い出していた。

「お前、もういいのか」
 何が。とも明確にしなかったがサクラは香燐の瞳を真っ直ぐ見つめて優しく笑った。

「好きよ、ずっと。愛してるものあの二人を。だけど私はあの二人に守られたいわけでもないの。背中合わせで一緒に立ちたいの」

 それは決意。
香燐はサクラの翡翠の瞳の奥に、燃える様な炎を見た気がした。

「そう、か……」
 ぽつりと呟き、サクラの身体から鎖を外す。
身体が自由になったことにサクラは安堵の息を吐く。

「ほら」
 返す。と手紙をサクラに差し出せば、中身は見なくてよかったのかと言われ、そんな悪趣味はないと香燐は顔を歪めた。



「んで、誰なんだ。相手」
「え!」 

 サスケでも、ナルトでもない。
手紙のやり取りをしている程だから木の葉の忍でも無さそうだ。

 そう思えば、香燐の興味を駆り立てる。
身の周りに同姓が居ないゆえに恋の話をする事もとんと無い。
眼鏡を光らせ香燐はサクラに詰め寄った。


「あ、ぃや、ちょっと」
「へ、なんだ。言えねぇぐらいヤバイ奴と付き合ってんの?」

 しどろもどろに視線を彷徨わせるサクラに怪訝な表情をする。

「ぁ、そうじゃなくて……言えないというか、まだ言えないというか……」
 目をぎゅっと閉じてサクラは頬を染めた。

「そーかい、そーかい」
 お熱いこった。香燐は内心そう思いながらサクラの表情を見て口元をクイっと上げる。
いつか見た、サクラの苦しそうな表情はそこにはなかった。


「いつか、キチンと話せる時が来ると思うの。だから……」
 穏やかに笑うサクラに香燐は肩を竦める。

「知らねーよ。お前が誰と付き合おうが、どうなろうが。ウチはサスケが笑ってりゃそれでいいんだよ」
 ふいっと顔を逸らす香燐に、目元を少しだけ細めサクラは口元上げた。


「うん、知ってる。貴女がどれだけサスケくんの笑顔を望んで、幸せを願っているかなんて見ていればわかるもの。」
 いひひと悪戯っぽく笑うサクラに香燐は口元を歪めてサクラの頭を軽く小突いた。


「可愛くねぇの」
「可愛くなくて結構よ」

 互いに顔を見合わせて笑い合えるときが来るなどあの時思っただろうか。
香燐は眼鏡を整え、サクラを見る。


 曲がりなりにも一度サクラに助けられた命。
借りを作ったままなのは癪なので今度困ったことがあったら一度だけ助けてやるか。とそっと心に誓う。



 かつていがみ合っていた理由を忘れるほどに、ゆるりと流れる時間は穏やかに。
遠くで聞こえる小鳥のさえずりが、平穏の音を告げている。