誰かを愛するということが、こんなにも世界がキラキラと輝いて見えることなんて知らなかった。
心が震えるぐらい泣きたくなる。

 逢えない時間が何よりも、もどかしくて愛しい。



 カツンカツンと自室の窓を叩く音に本を読んでいた顔をあげ、栞を挟み椅子から立ち上げる。
ギラギラと輝く日差しを遮っていたカーテンを開ければそこには一羽の鳥。

 早く開けろと言わんばかりにもう一度、窓ガラスをくちばしでカツンカツンと叩いて見せた。

 ガラリと窓ガラスを開ければチチ、と鳴きバサバサと飛び回り机の上に我が物顔で着地した。
その様子を見ていた我愛羅は静かに窓ガラスを締め、遣いの鳥の頭を軽く撫でた。


「ありがとう」

 気持ちよさそうに目を細め、もう一度小さく鳴く遣いの鳥の足に文が括り付けられているのを見てするりと外す。
椅子に腰を下ろしその文を読む我愛羅を邪魔するように、遣いの鳥がくちばしで手紙をぐいぐいと引っ張った。

「やめろ」

 我愛羅がそう言うとチチチと鳴き飽きたように室内を飛び回る。
それに小さく息を吐いたが、気にすることなく届けられた文に視線を落とす。

 他愛も無い報告と、最近の近況。
夏が近づき、最近は暑くなってきた。木の葉の里では氷菓子流行っているだの、
里内は朝顔が咲き始めているなど、書かれている事はなんとも平和で他愛も無い。

 目元を細め、親指で綴られている文字を撫でればカサリと音が響いた。

 差出人も、宛名も書かれていない手紙。
それでも文字だけを見て誰から来たのか分かるほど、繰り返されるやり取りが大切で、愛しい。


「……サクラ」

 最後に逢ったのはいつだったか。
もう随分と長い間言葉を交わしていないような気がした我愛羅は息を小さく吐き出した。

 そう簡単に里を離れるわけにもいかず、かと言ってサクラをこちらに呼び出す用件も今のところ皆無。
どうしたものか、と考える我愛羅の髪を遣いの鳥が啄ばんだ。

 我愛羅とサクラが想いを繋げ、早二年。
サクラが木の葉の里に帰ってしまった一年前から会った回数は片指で数えられる程度。


 会えない時間が思いを募らせる。



***



 早朝。
花壇の朝顔に水を撒きながら大きな欠伸を一つ。
花弁を濡らす水滴が太陽の光に反射してキラキラと輝いた。


「サックラちゃーん」

 にししと笑いながら近づいてくるナルトに朝顔に水を撒いていた手を止め、サクラは視線を向ければ 眩しいほどの日差しがナルトの髪を反射させる。
 目元を細めたサクラは微笑んでにこにこ笑っているナルトの名前を呼んだ。


「どうしたのナルト。機嫌がよさそうね」
「うーん、そう? だったらサクラちゃんを見つけたからかなー」

 空のように爽やかで真っ青な瞳がサクラを優しく見つめる。
その視線に二、三回瞬きをしてサクラは眉を下げて笑った。

「んな事言っても何もでないわよ。で、なに? どうしたのなんか失敗した?」
 ほら、話してみなさいよ! とフン、と鼻を鳴らすサクラをナルトはぼんやりと見下ろした。

「いや、違うんだけどさ……」
「じゃあ何よ」

 何よ。と自ら聞いたもののサクラは背中にじわりと嫌な汗を掻くのを理解する。
初夏の生温い暖かさが、肌にまとわり付いて妙に気持ちが悪かった。



「サクラちゃん、木の葉にずっといるよな」


 それは、ナルトから突如落とされた疑念と、願い。
サクラは口の中が苦くなるのを無視できなかった。


「どうして、そんな事言うのよ」
 どうしてナルトはいつだって現実を見させるのだろうか。
いつか来るかもしれない不確かな未来。

 サクラはいつか、我愛羅の隣に立って生きて行きたいと願ってはいるが、それはまだ遠い"いつか先"の話なのだ。
ほんの少し、本当に少しだけ、サクラは口の中を噛んだ。

「いや……何となくなんだけどよ。サクラちゃんがどっかに行っちまいそうで」
 ガリガリと後頭部を掻くナルトを見上げサクラは笑う。

 ただにこりと笑って、口の中の苦い物を全て飲み込んだ。


「大丈夫よ」

 大丈夫。
それは何も答えになっていない言葉。
サクラが自分自身に言い聞かせた、ただの言葉だった。


 いまだ覚悟が決まらずにいる。
我愛羅との関係を誰にも言っていないのは覚悟が出来ていないからだ。
里を背負う我愛羅の隣に立つ覚悟も、ナルト達に言う覚悟もいまだ決めかねている。

「サクラ、ちゃん?」

 ナルトの声が脳内に響き渡る。
そろりと視線を逸らして、手に持っていたジョウロの取っ手をサクラは握り締めた。


 泣きたくなったが泣くのはお門違いだとサクラは自分を叱咤する。
ナルトが向けてくるキラキラと輝くような感情を受け取ることは出来なかった。
 サクラはナルトでもサスケでもなく、我愛羅を選んだ。

 ナルトの友である我愛羅を選んだ。ただそれだけの事なのだ。

 怖かった。ただ怖いのだ。
真っ直ぐと純粋にサクラを見つめるナルトが。
 我愛羅の事を想っていると伝えた時に、嫌われてしまうのではないかと思えばただ、怖かった。


 多分、何よりもナルトに拒絶されるのが恐ろしい。


 じわりと背中に掻いた気持ち悪い汗が未だにまとわり付いて気持ちが悪い。

「ナルト」

 乾いたサクラの声にナルトの瞳が揺れる。

「今日、一緒にお昼食べに行こうか」
「え! マジで!」

 やったー! と両手を挙げていつものように笑うナルト。
その様子を見て小さく溜息を吐きながらもいつものように微笑んだサクラ。

 お互い、何事もなかったように"いつものように"笑い合う。
いつかそれが消えてなくなってしまうのではないかと思えば怖かった。



 今はまだ、不確かで生温い関係のままでいい。
現実から目を背けて、ただ綺麗な物だけを夢見て居たかった。


 二人の間をすり抜ける初夏の風が生暖かい。
互いにまだ夢を、見る。



1:夢を、見る 了