平穏の音が終わりを告げるのは、突如として。
時は残酷なほど過ぎていく。



2:甘いほど残酷な




 じわりと額から流れる汗を袖で無造作に拭い、はぁと一つ溜息を吐く。
輝やかしい太陽が恨めしく、何故だか心臓の奥がざわざわと主張する。


 自分の手のひらから大切な何かを失うような。
そんな気がして、木の葉の里までの道のりがここまで遠かったかと頭の片隅で考える。


「……くそ、」
「ナルト、どうしたの?」

 焦りの表情を見せるナルトに任務で同行していたサイが声を掛ければ、ナルトは苦い表情をペタリと貼り付けていた。


「嫌な予感がする、木の葉まで急いで帰るぞ」

 必要以上に焦るナルトにサイはただ頷くだけしかできなかった。




 見ないようにしていた事実は大きくなるばかりで。
嬉しそうに笑う顔が忘れられなくて。

 慈しみ、深い愛で微笑む表情に心臓が壊れそうになる。


 どうか、どうかまだ、彼女を連れて行かないでくれ。
自分達にはまだ、彼女が必要なのだ。


 深い深い森の中。
頬を傷つける木の枝には見向きもせず、ただ真っ直ぐ前だけを見る。


 ただ、前だけを。




 ***



「サクラさん、神経経路の麻痺についてお聞きしたいんですけど」
「あら、モエギいらっしゃーい。何かしら、治療方? それとも神経破壊の方?」

 手に持ったペンをくるくると回し椅子に座っていたサクラは、入り口から覗き込むモエギに朗らかに言葉を向ける。

「神経破壊の方です。課題を貰ったんですけど、特殊な毒草を使わないで五段階それぞれの視神経を麻痺させる薬を製薬しろと言われて……」
「あー、それね。懐かしいー私もシズネ先輩に言われたわー」

 モエギから手渡された資料を見てうんうん、と頷くサクラは医療忍者を目指した綱手との厳しい修行を思い出した。

「これはね、毒草同士の相性の問題よ」
「相性ですか……」

 ことりと首を傾げるモエギにサクラは頷きにこりと笑う。

「ええ、そうよ。毒草と言えど相性があるわ。互いに効果を高める物もあれば打ち消す物もあるの。その組み合わせをどう発見するかなのよ」
「へー……あ、でも初めから規定レベルの毒草を使えばいいんじゃないんですか?」
「それはそうなんだけどね。でも現場じゃそうは言ってられないでしょ。限りある者の中でどれが使えてどれを使ってはいけないかすぐさま選択しなければいけないのよ」

 なるほど。と顎に手を当てたモエギは瞬きをしてサクラの顔を見た。

「これって、もしかして毒薬を調合するのが目的じゃないんですね?」
「そう。ここに記されている毒草の種類は全て身近に手に入るものばかりよ。どの組み合わせがどれだけ危険でどれだけ安全かを見極めるの」
「奥が深いですね……」

 眉を下げたモエギにサクラは苦笑いをする。


「モエギなら大丈夫よ、今までの経験や知識が必ず結びつくから」
「そうだといいんですけど……」

 うーんと頭を抱えたモエギの肩をポンポンとサクラは軽く叩く。

「自信持って!」

 サクラの言葉にモエギはくしゃりと笑った。


 ピーヒョロローと聞こえた鳥の鳴き声。
窓の外を見れば火影の遣いである鳥が旋回していた。


「召集……私だけ?」
 なんだろうか。疑問に思ったサクラは腕を組んで思案したがこれと言って思い浮かばなかった。

「なんでしょうかね、何か重要な事でしょうか」
「わかんないわー……とりあえず綱手様の所に行くしかないわね」

 うん。と納得させたサクラは羽織っていた白衣を椅子に掛け旋回する鳥に合図を送った。


「じゃあ、私もそろそろ戻りますね」
「ええ、頑張ってね」

 失礼しました。と会釈をし室内から出て行くモエギに軽く手を挙げたサクラは、
さて、私も綱手様の元に行くか。と浅く呼吸をした。