今まで止まっていた歯車が、ゆっくりと回りだす。
一度動き出した歯車はもう、止まる事はない。



 一体これはどういう状況だ。
サクラただ、瞬きを繰り返した。


「久しぶりじゃな! 何故お前はもっと砂隠れに来ないのじゃ!」

 火影である綱手の元に向かい執務室の扉を開けた途端、投げられた言葉と体当たりされた衝撃。
勢いよく押し倒されたサクラは、ああ。意外と天井って高いのね。と心の中で呟いた。


「お久しぶりです……でもなんで木の葉に……」

 腹の上に乗る少女の姿を目に入れサクラは眉を下げて笑う。
 
 砂隠れで流行り病と称して事件が起きたのは約二年前。
その事件解明にと、砂隠れに誘拐半ばで我愛羅に連れて行かれたのが懐かしいとサクラは思う。
 事件に巻き込まれる形で目の前にいる大名の娘と親しくなったのだ。


「いい加減にしろ」
 サクラの上に乗ったままの少女の首根っこを掴んだ男の声にサクラはゆっくりと視線を上げる。

「なんじゃ、風影! 放さぬか」
 わたわたと暴れる少女の着物が揺れる。
ぼんやりと少女の着物が揺れるのを目で追い、視線を上げると、我愛羅の新緑の瞳と視線がぶつかった。

「ぁ……」

 久方ぶりに見た姿。
以前会った時より幾分か髪が伸びたようだと我愛羅の姿を見てサクラは思う。
ゆっくりと視線を逸らし何処を見ていいか分からなかったサクラは、自らの膝を視界に入れる。

(まずい、ドキドキしてる……)

 きゅっと力を入れれば、床を滑る指先。
浅く呼吸をして心臓を落ち着かせる。
耳を傾ければ未だ我愛羅に文句を言っている少女の声が室内に響いていた。


「オホン! そろそろいいかな?」

 業とらしく咳払いをし、にこりと笑ったのは現火影である綱手だった。

「サクラ、お前もいつまで座っている」
「は、はい!」

 綱手に指摘され勢いよく立ち上がるサクラを隣で笑った気配がして視線だけ向ければ、我愛羅の口元だけが笑っていた。
それを見たサクラは口を歪め、目を細めて我愛羅を睨みつけた。


「なによ……」
「いいや」

 小声で問うサクラに表情を戻した我愛羅は、少女の頭を無造作に撫でた。


「サクラ、今回お前を呼び出したのはちょっと頼みがあってだな」
「頼み、ですか……?」

 これまたなんだろうか。そう考えながら室内を見渡せば我愛羅のほかにテマリとカンクロウも居ることに気がつきサクラは軽く会釈をする。
あれ? とどこかで見たことあるような光景にサクラはデジャブを感じた。

「実はな、砂隠れに使いに出てほしいんだ」
「はあ……」
 気が抜けた返事をするサクラの裾を引いたのは少女。
どうしたのだと視線を下げれば、にやりと笑った。

「サクラは私と一緒に砂に帰るんじゃ!」
「え」
 少女の言葉に目を丸くしたサクラは一度瞬きをし、綱手に視線を送れば綱手は静かに首を振った。

「砂隠れは暇じゃ! 何にもない! 挙句の果てに外に出るな、一人になるなと散々じゃ!」
「はあ」
 サクラは眉を下げ困った表情を見せる。

「あまり、我侭は……」
「煩い! 風影とてそうじゃ、私のことをなんだと思っておる! 国の道具じゃないぞ!」
 思わず泣き出してしまった少女はサクラの腰にしがみ付いた。
はらはらと零す涙がサクラの服を濡らしていく。
 少女の漆黒のように黒い髪を優しく撫でれば、更に力を入れてしがみ付かれてしまいサクラは眉を下げることしか出来なかった。

「嫌われてんじゃん」
「黙れ」

 からかうカンクロウの言葉に冷たく言葉を返す我愛羅を見てテマリは、はは。と小さく笑う。

「姫、サクラに仕事の話をしますので……」
「嫌じゃ! 砂の忍もお母様も嫌いじゃ!!」
 サクラにしがみ付いたままの少女にテマリが言葉をかけるも、少女は頭を振って拒絶をする。
サクラはテマリをにこりと見て笑った。

「木の葉の里に美味しい甘味処があるんだけどお仕事の話出来ないと一緒に行くことできないなー」

 業とらしく少し大きな声で言うサクラがテマリに視線を向ければ、何かに感づき少しだけ瞳を大きくする。
「そうだな、木の葉の甘味処は美味いところが多い。早く終われば観光がてら行く事が出来るのにな」
「ねー」

 二人で顔を見合わせ、ねー。と言い合うサクラとテマリを顔を上げジトリと見た少女は口をへの字に曲げた。

「私も行きたい……」

 泣き腫らして目元が真っ赤になった少女に「勿論!」と歯を見せて笑うサクラ。

 しゅん、と少女が鼻を啜る音が小さく室内に響いていた。