「今ので分かったと思うが、サクラ。砂隠れから正式にお前に任務の依頼だ」
「はい」

 テマリとカンクロウに連れられ少女が室内を出て行くのを確認し、綱手はサクラに告げた。

「依頼内容は、彼女が砂隠れで保護されている間の護衛兼世話係だ」
「了解しました」

 きゅっと表情を引き締め綱手の言葉に返事をするサクラに、室内に残っていた我愛羅が少し目を伏せて「すまない」と謝罪の言葉を述べた。

「ふふ、仕方ないわよ」
「……そうか」
 にこやかに微笑むサクラに柔らかく目元を細めた我愛羅。
二人の様子を見ていた綱手は器用に左の眉毛だけを吊り上げた。


「……お前等、妙に仲が良いな」


 頬杖を付いて疑いの眼差しで二人を見る綱手にギクリとしたサクラは空笑いをする。

「そうですか……? あはは、やだなー」
 視線だけを動かして隣に立っていた我愛羅を見れば、ぺたりと無表情を貼り付けていた。

「まあいい。大名の娘だから砂の機密事項などあるやもしれん。よってこの任務は単独で行ってもらう」
「はい!」
 コクリと頷き返事をする。

「砂の忍と協力して任務に当たってもらう。出発は明日の昼だ」
 簡単に我愛羅が補足すればサクラは準備しないと、と呟いた。

「そうだな、サクラ今日はもう仕事はいい。明日に向けての準備をしろ。それと我愛羅」
「なんだ」
 名を呼ばれ顔を向ければ綱手は眉を吊り上げていた。

「前みたいに勝手に連れて行くなよ。あの時ナルトとサスケの二人を止めるのが大変だったんだからな!」
「……承知した」
 以前サクラを連れ帰った際、遅れて帰ってきたテマリとカンクロウに散々説教をされたのだ。
あれにはほとほと懲りた我愛羅は苦い顔をした。


「あの時はテマリさんもカンクロウさんも相当怒ってたものね。木の葉で大変だったって」
「ああ……その件はもういい」

 そっと目を閉じれば、我愛羅の目が隈に埋もれて消えてしまう。
当時のことを言われるのを拒絶する我愛羅にサクラはクスリと笑った。

「じゃあ、準備や仕事の引継ぎがあるからそろそろ行くわ」
 ひらりと軽く手を振り執務室から出て行くサクラを綱手と我愛羅は目で追う。
パタンと音を立て扉が閉まるのを確認し、綱手は目の前に立つ我愛羅を見た。





「あの子に随分と肩入れしているんだな」
「……何のことだ」
 ふっと口元だけで笑った綱手は背凭れに身体を預け、椅子を引く。

「同盟国でありいくら大名の娘とは言え、お前が頭を下げに来るとはな」
 以前、流行り病で医療忍者を要請した時は強引過ぎるぐらいだったが、打って変わって今回は頭を下げに来たのである。
琥珀色をした綱手の瞳が、我愛羅の心の内を探るように見上げた。
 その視線から逃れようと我愛羅は顔を背け少しだけ目を伏せた。


「俺ではあの子は救えない」

 敵を討つことはできるかもしれない。
命を守る事はできるかもしれない、だがあの子の"心"を救う事は出来やしない。

 言葉にしなかったが我愛羅の言わんとしている事を汲み取り綱手は、そうか。と短く返す。
「我愛羅」
「……なんだ」

 ギシと音を立て椅子から立ち上がる綱手の動作をゆっくりと眺める。
先程より、目線が高くなった綱手の瞳をジッと見た。

「サクラは菩薩でも聖母でもないよ、ただの女だ」
 執務室静かに響く声。
窓ガラスから差し込む夕焼けが、ゆらゆらと揺れている。

「ナルトもサスケも、サクラに夢を見ている。あの娘はよく笑い、よく泣くただの女だよ」
 琥珀色の綱手の瞳が夕焼けで橙色に染まっていく。

「……知っている」
 痛いほどに知っている。
サクラの事を菩薩だとも聖母だとも思ったことは一度も無い。
心に触れ身体に触れ、声を聞いて髪を撫で、滑るような頬に唇を落として。

 ただ、サクラに触れたいと思った。
きっとそれはナルトやサスケみたいな清らかなものじゃない。

 そっと、人差し指の腹で掌を撫で、はあ、と小さく息を吐いた。

「知って、いるさ……」

 呟いた我愛羅の言葉に一度瞬きをした綱手はくるりと振り返り、里内を一望する。
紅く染まる夕焼けが、穏やかに里を包み込んでいた。