里内を紅く染め上げる夕焼け。
綺麗だ、と思うよりも先に、まるで里を血で染め上げているようだと思う。

 何故だか心臓の後ろがざわざわとする感覚に我愛羅は少しだけ拳を握り締めた。


「風影!」
 背後から呼ばれた声に振り返れば、満面の笑みを見せる少女が一人。
いつもはだらりと長い黒い髪に結い上げているのに気が付き我愛羅は少しだけ目を大きくした。

「簪か」
「ふふん、よかろう。サクラとサクラの友人に選んでもらったのじゃ」

 シャンと音を立てるような簪の飾り。
それが気に入ったのかくるくる回る少女は歳相応に見えた。

「テマリ、あまり連れまわすなと……」
「悪い悪い、私もつい楽しくなってしまって」

 あはは、と笑うテマリに息を吐く。

「オイオイ、姫さんまだ起きてたのか。もう遅いから早く寝るじゃん」
「煩い! いつまでも子ども扱いするでない!」

 木の葉の民宿。
すっと襖を開けて姿を見せたのは温泉から上がり、隈取を落としていたカンクロウ。
浴衣を身に纏い、肩に掛けていたタオルで汗を拭っていた。

「大体な! カンクロウ、お主は私に対して扱いがな……!!」
「はいはい、話は明日聞くじゃん。それよりも姫さんの付き人が煩くて仕方ないねぇ」
「だからそういうところがじゃな……!!」

 少女の襟首を少々乱暴に掴み、付き人が居る部屋へと連れて行く。
その様子を見ていたテマリは眉を下げ笑っていた。


「まったく……困ったもんだね姫様には」
「ああ、そうだな」

 民宿の廊下で未だギャンギャン騒いでいる少女とカンクロウに我愛羅は思わず額を押さえ込んだ。


「それで、火影はどうだった」
 チラリと視線だけを動かして、隣に立っていた我愛羅にテマリは問う。

「さあな、別段言われなかったが何か察しただろう」
 と言うより、確実に感づいている。ただ明言しなかったと言うことは様子を見られているのであろう。
そう考えると我愛羅はキリキリと胃が痛む気がしてならなかった。

「我愛羅、今木の葉との均衡は保たれてる……危うい事はしてくれるなよ」
「わかっている。俺とて木の葉と仲違いになることはしたくない」
 ガリガリとうなじを掻く我愛羅に、だったらいい。とテマリは言葉を返しひとつ欠伸をする。

「さて、少し早いが私は姫様のお相手しながら寝る準備をするかな」
「ん、そうか」
 ぐーっと伸びをするテマリが、そうだ! と声を上げた。

「私達は姫様の護衛が忙しいからお前の傍には居れないよ」
 じゃあな。と片手を挙げ部屋を出て行くテマリの背中を我愛羅は見送った。

 テマリの言葉の真意を受け取り我愛羅は窓の外に視線を向ける。
紅い夕焼けが穏やかに室内を照らしている。

 心の内でテマリにすまん。と一言謝罪をし我愛羅は太陽が沈む時間、喧騒が響く木の葉の里へと姿を消した。



 ***



 カラン、コロンと耳に心地良く聞こえるは下駄の音。
すれ違う浴衣を身に纏った少女達。
ぱたりぱたりと団扇で扇いだ風が、少女達の髪を揺らしていた。


「そうか、お祭りね」

 すれ違った少女達がにこやかに話しながら隣を通り過ぎるのを何となく見送った後、サクラはぽつりと呟く。
おもわず、自分の格好を見ればいつもと変わらぬ忍び装束。
 仕方がない。と理解しつつも少しばかり残念に思う。

 こんな時に惚れた男が同じ里に居るなんてことは二度と無いのではなかろうか。
特別着飾らなくてもいい。
ただ、少しだけ顔を見たいと思ってしまった。


「駄目ね、本当……」

 昔から、恋をすると余裕が無い。
周りが見えずに誰かを傷つける。それこそ、惚れた相手さえも。

 ふるふるっと首を振って両頬を軽く叩けば、パチン! と乾いた音が聞こえる。
行き交う人は多いがそんなサクラを気にする人は誰も居ない。


「もう! こういうときは飲みに行こう!」
 少しお酒を引っ掛けてしまえば何も考えなくて済む。
よし、おでんを食べに行こう! と顔をあげて歩き出す。


 太陽は沈み、空にはキラキラと輝く星達が姿を現していた。