鼻を擽る甘みを帯びた酒の匂い。
居酒屋の喧騒に誘われるように、カラカラと扉を開ければいつか見た光景を思い出した気がした。
「あらーいらっしゃい」
「こんばんは、お久しぶりです!」
女主人がにこりと笑う。
視線をカウンターに向ければ、一人でおでんを突いている我愛羅を見つけた。
「なんでここにいるのよ……」
少しばかり口元をへの字に曲げたサクラは我愛羅の隣の椅子を引き腰を下ろす。
プスリ、と一口大に大根を箸崩した我愛羅は、まあ、食え。とサクラの口に崩した大根を押し込んだ。
「んぐっ」
じゅわりと広がるおでんの味。
もごもごと口を動かし、ごくりと飲み込んだサクラは、相変わらず美味しいな。と納得する。
「いやー、わかってるけどさあ……」
今回は自分の責務と言うよりは大名の娘である少女の護衛で木の葉に来ているのだ。
そうそう一人になれるとは思っていなかったのもあり仕方がない。と納得していたが、
一人になり、酒を飲む時間があるなら一言連絡くらい寄越してほしかった。
「連絡くらいくれてもいいじゃない……」
「……生憎お前の家を知らん」
家も知らないし、テマリ達と別れた後どうしているか聞いてもいない。
木の葉でサクラがよく来ると聞いていたのは居酒屋しかなかった。
「まあ、ここに来ればお前に会えるとは思っていたがな」
我愛羅の発言に目を見開いて、暫くして頬に熱が集まるのに気がついたサクラは思わずした唇を噛んでふいっと顔を逸らした。
「よく、そんな恥ずかしい台詞が言えるわよね」
「そうか……?」
はて、なにが恥かしかったのであろうか。
我愛羅としては本音を言っただけだが、思いの外サクラの顔が紅く染まっているのに気が付いた。
「紅いな」
「っ、」
そろりと伸びた我愛羅の腕。
人差し指がサクラの頬をするりと撫でる。
思わず目を見開くサクラとは裏腹に目元を細めた我愛羅は、ほんの少しだけ口元だけで笑った。
「はいはーい、いちゃつくなら他所でしてもらえるかしら。お二人さん」
カウンター越しにニコニコと笑いながら女店主が二人を見ていた。
「い、いちゃついてないですよ……!」
「はいはい、結婚する時は教えてよね、サクラちゃん」
「ちょっ! 何言ってるんですか!!」
女主人にからかわれ、押され気味なサクラの横で我愛羅はそっと目を綴じ、おでんに舌鼓していた。
キラキラ、キラキラ輝く星は静かに佇んで。
空が闇に深まれば、里は柔らかな橙色の灯りが燈される。
居酒屋から聞こえる声に疎らに人が行き交う路地。
夜もう深まる時間の里は、ヒソヒソと話す人の声で少しだけ煩い。
音を立て店の扉を閉め、外に出ればじわりと身体にまとわり付く空気。
夏の風を全身に浴び、うーんと腕を伸ばす。
少しだけ飲んだお酒が、ほろ酔い気分で心地良い。
ハタリと感じた気配に顔を上げ振り返ろうとした瞬間、叫ぶような声で名を呼ばれた。
「サクラちゃん!」
それは風を切るような。
視界に捕らえたその青年は肩で呼吸を整え、眉を下げていた。
「……ナルト」
いつものように、太陽のように輝く笑顔は無い。
ただ、不安の色を隠せていない表情がぺたりと張り付いていた。
生温いほどの風なのに、どこか寒気を呼び起こす。
きらきら、きらきら輝いている星達が、どこか悲しそうに主張する。
カラコロ、カラコロ音が鳴る。
それはまるで、終わりを告げるような音。
海のような、空のような何よりも綺麗で何よりも清々しい青い瞳が悲しい色に染まっていた。
カラコロカラコロ音が、鳴る。
2:甘いほど残酷な 了
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