ドン! と目の前に置かれたものに対して首を捻る。
あのさあと呟けば、まあ飲めと言われたものだからナルトは目を細くして眉を吊り上げる。
「いや、俺両手使えねーんだって! というかさっきから見張りは何してんだよ」
そう投げかけた言葉に、グラスに注いだ酒を一口飲んだ我愛羅は「さあ、知らん」と短く返す。
「後ろを向け」
「へ」
いいから早くしろ。と命令され渋々後ろを向いたナルトは、拘束されていた腕が自由になるのに歓喜した。
「あー、やっと自由に動ける……つーかお前何しに来たの、何で酒飲んでんの」
本当マイペースだな、おい。と思いながらも我愛羅と鉄格子を挟み対面に胡坐を掻いて座る。
「サクラちゃんはどうした」
「……家にいる」
流石に家で寝ていると言えばいくらナルトと言えど何かしら思うかもしれない。
そう思い間違えではない答えを我愛羅は伝える。
「そ、っか……」
目の前に置かれたグラスには並々と酒が注がれている。
右手でグラスを掴んでナルトは、ん。と我愛羅に突き出した。
「正直認めたくねーけど、本当に認めたくねーけどサクラちゃんがお前選らんだっつーから仕方なく祝ってやるよ」
「おう、祝ってもらおうか」
「けっ! やぱりムカつくなー、お前!」
ガン! とまるで殴りあうようにグラスを合わせて互いに酒を飲む。
ゴクリと飲んだ酒はとても苦く、食道を通り胃袋に落ちていく。
「サクラちゃんはさ、」
「……なんだ」
グラスを地面に置いたナルトはゆらゆら揺れる酒を見つめながら言葉を紡ぐ。
耳を傾けた我愛羅はナルトが大切に、大切にしてきた想いをしかと受け止めるつもりでここにきたのだ。
「ガサツで豪快でさ、いっつもサスケ、サスケって言っててさ」
「おお……」
ぽつりぽつりと呟くナルトの言葉に少し瞼を閉じた。
「だけどさ、本当は泣き虫で優しくて。いっつも俺達に負けねーようにって知らない所で必死に努力しててさ……」
「……」
「俺……サクラちゃんが好きだったんだ」
「ああ」
知っている。痛いほどに知っている。
ナルトの視線の先にはいつだってサスケが居て、サクラが居た。
それを横から掻っ攫ったのは自分だと我愛羅は痛感している。
「俺とサスケはさ、いっつもサクラちゃん泣かしてばっかでさ、いつだって俺達の為に泣いてんだ。だから我愛羅、」
揺れるグラスを見ていたナルトが視線を上げる。
青い瞳の奥には燃えるような意思を見た気がした。
「お前はサクラちゃんを泣かすなよ」
「……善処する」
既にここに来る前に泣かして来たと言えばナルトから殺されるだろうな。
そんなことを思いながらグラスに残った酒を全て胃に流し込めば、とても苦かった。
「あーあ、大体ヤバイと思ったんだ」
「何がだ」
ごろりと横になり大きな欠伸をするナルトに我愛羅は飲み干したグラスを床に置きながら問いかける。
「オメーがサクラちゃんを見る目。あん時絶対ヤバイって思った」
あーあ、まさかこんな事になるとはなあ。と呟きながら我愛羅に背を向けた。
「ナルト、俺は謝らんぞ」
少しだけ酒が残っている酒瓶とナルトのグラスは置いたまま我愛羅は立ち上がり、背を向けたままのナルトを一瞥する。
「当然だ」
謝罪なんて同情でしかない。
自分達から奪っていくのだ。だったらサクラが笑っている未来を見せてくれるだけでいい。
「じゃあな」
「おう」
また今度会おう。と言い残した我愛羅の足音が聞こえなくなったのを確認して身体を起こしたナルトは
酒瓶とグラスが残っているのに気がついた。
「……持ってけよな」
残った酒をぐいっと飲み干せば何故だかほんの少しだけしょっぱかった。
一人、歯を食いしばり涙を流し拳を握り締める。
一つの幼い恋心が、静かに幕を閉じていく。
嘘ではなかった。本当だった。ただひたすら、盲目に好きだった。
大切に、大切にしてきた幼い恋心は涙を流せば溢れていく。
幼かったが本気で、とても大切なものだった。
そして、朝日は昇りゆく。
3:とても、とても大切な 了
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