「おぬしは今、幸せか?」

 薄暗い部屋の中、問われた質問を自問自答する。

「うん、私は幸せよ」
 両親がいて、私を叱ってくれる仲間がいて、親友がいて、かけがえの無い人達が沢山いる。愛すべき人がいる。
そうだ、だから私は幸せなのだ。

 だから前を向いて歩かなくては。
太陽のように輝く青年に胸を張って、アンタとの約束護ったわよ! って言える様に。



 ***



 山積みになっている書類を一枚手に取り、判を押す。
終わればまた一枚手に取り判を押す。ただその繰り返しが面倒くさい。

 だが、家に帰る気にもなれずひたすら判を押す作業を繰り返す。
数分前に執務室にやってきたバキに早く帰れと促されたのを思い出し、書類を机の上に放り投げた。

「はあ……帰るか」
 いつまで避けていてても仕方がない。
我愛羅は書類を無造作にまとめ、執務室を後にする。

 里内を見回る暗部数人に声を掛け、自宅への家路をゆっくりと歩く。
気温が下がった砂漠はとても寒い。

 空を見上げれば、満天の星空が広がっている。 
我愛羅は立ち止まり輝く空を見つめ瞬きを数回繰り返す。

 自宅の玄関の前で目元を押さえ、座り込む。
ずっと、ずっと頭にこびり付いて離れないのが、サクラの泣き叫ぶ表情。
やめてくれとないて懇願するサクラを押さえつけ身体をひらいた。

 押さえ切れなかった感情で、傷つけた。
傷つけたいわけではなかったのに、悲しませたいわけではなかった。

「……嫉妬、なのだろうか……」
 腹の辺りに鉛のように重いものが落ちていく。
今、サクラの顔を見るとまた泣かしてしまいそうで怖かった。

 どうすればいいかが分からない。
ここまで誰かに焦がれたのも、愛したのも初めてで。
国の為でも里の為でもなく、ただ、自分自身のために欲しくなったのははじめてた。

 息を吐き、玄関の扉を開ければシンと広がる空間。
靴を脱ぎ捨て手を洗い、自室の扉に手を掛けた瞬間、背中がギクリとする。


「……どうやって入ってきた」
「テマリさんにお願いして入れてもらったの」

 薄暗い自室。
星の光が薄っすらと入るぐらいの明かりの中、足をプラプラと揺らしながら我愛羅のベットに腰を下ろしていたサクラが居た。

 ピタリと足を止めゆっくりと立ち上がるサクラを眺めていた。
どうしてだか、足が動かず硬直する。
近づいてきたサクラが目の前で立ち止まれば、我愛羅の胸元にぽすりと額をくっつけた。

 緊張を、していたのだろうか。
我愛羅は背中の閉じた扉に体重を預けると、サクラの背に恐る恐る手を回す。
小さく息を吐いて、ずるずると座り込んだ我愛羅をサクラの翡翠の瞳が見下ろした。


「なんで逃げるの」
 サクラの問いに答えられない我愛羅が、視線を上げればサクラの瞳とぶつかり合う。
翡翠の瞳の奥に、燃えるような炎を見た。

「ねえ、我愛羅くん……私はそんなに脆くないわよ」
 肩に置かれたサクラの両手が、ほんの少しだけ震えていた。

 腕を伸ばしサクラの右頬に優しく触れれば、手の甲にサクラの手が重ねられる。

「サクラ、俺は……」

 静寂が広がる室内。
遠くで風が吹く音が聞こえてくる。

「俺は、ナルトやサスケ達みたいにお前を綺麗な気持ちで見ることなんで出来そうにない」
 ぽつりと呟いた我愛羅の言葉に目を丸くしたサクラは、眉を下げて笑う。

「恋愛なんて綺麗なだけじゃできないのよ。私も我愛羅くんもいっぱい色んな人に迷惑掛けて傷つけてきたんだもの」
「そうだな」

 サクラが額を肩に乗せれば、薄紅色の髪の毛がさらりと流れる。

「綺麗じゃないついでに一個いいかしら」
「なんだ」
 サクラの目元が少しばかり細められる。

「私は貴方に家族をつくりたいわ」
「……ああ」
 背中に回されるサクラの腕。
それに応えるように我愛羅もサクラの背に腕をしっかりと回して、抱きしめた。

「だから、私の手を離さないで」
 逃がさないようにしっかりと掴んでいて。

 しっかりと抱きしめたサクラの身体は、柔らかくて泣きたいほど、優しかった。


 キラキラと輝く星は存在を主張する。
涙を零すように流れた星は、綺麗だった。