ガタガタガタガタ、煩く聞こえる車輪の音。
広大な砂漠を進む馬車が一台。砂埃を上げている。


「義母上様……」
「どうしました」
 幼い男の子、それは再婚した大名の連れ子。
向かいに座る義理の母の様子を伺うように、恐る恐ると視線を上げる。
小さな手のひらをぎゅっと握り締め、少しだけ口元を引く。
「父上様は、一体いつから……」

 いつから、化け物に取り憑かれていたのか。

 数日前に見た、父の姿。
それは床を這いずる様な黒い物体に取り込まれていた。
声も出ず、ただ怖くて逃げ出した事を昨日の事のように覚えている。

「父上様は、何処に行ったんですか……」
「……わかりません」
 扇いでいた扇子をピタリと閉じ、目の前の義理の息子をしかと見つめる。
「ですが、緊急事態には何も変わりありません。あの子を狙っている輩と何か繋がりがあるやも知れません……
砂隠れに向かい、あなたにも護衛を別につけるように風影に打診してみましょう」
 閉じた扇子を握り締め、皇后は馬車の外に視線を向ける。
そこは何処まで見ても、広大な砂の台地が広がっていた。

「義母上様……」
「どうしました?」
 不安そうな声に、至極優しく答えれば、眉を下げて今にも泣きそうな義理の息子の表情に皇后は瞬きを繰り返す。

「……何があっても、僕は義母上様の子供で義姉上の弟です……」
 家族でいてもいいですか。
そう訴えかける義理の息子に皇后は、眉を下げ優しく笑った。

「あの子も、あなたもどんな形であれ私の子供よ」
 頭を撫でれば、髪の毛がクシャリと乱れる。
はにかむ様に義理の息子が笑うのを見て、皇后もにこりと微笑み返す。

「父上様の事を風影に相談してみましょう」
「はい! また皆で笑い合えるといいですね!」
 跡継ぎ問題など無かった時の様に。

 儚い願いに夢を見た。
 ガタガタと音を立てる馬車は、砂埃を上げながら進んでいく。



 ***



 ピーと空高く聞こえる鳥の鳴き声。
その声に釣られる様に顔を上げれば小さな鳥が懸命に空を飛んでいた。

「鳥は元気だぞ」
 縁側に座り、真っ青な空を見上げていたサスケが呟けば、畳の上に寝転んでいた物体がゴロリと動く。
きょろりと青い瞳を動かして、言われたように空を見上げれば、泣きたいほどに穏やかだった。

「サスケ……」
 覇気の無い声。
名を呼ばれたサスケは表情一つ崩さずに「なんだ」と振り向きもせずに声に答える。
「サクラちゃん元気にしてっかな……」
「知るかよ。サクラの事だ、我愛羅と上手くやってるんじゃないのか」
 チラリと一瞥し、サスケはもう一度空を見る。

「ナルト」
「……なんだよ」
 ゆったりと体を起こし、ナルトはサスケの背中を見る。
振り向かないその背にはうちはの家紋が印されていた。

「サクラの脚をぶった切ってでも、砂に行かせなければよかっただろう」
「何言ってる……」
 サスケの指先が刀の柄に触れる。

「情に訴えればアイツなら木の葉に留まるだろうし、駄目なら監禁でもして外に出さなけりゃいい」
「本気で言ってんのか……!」
 サスケの物騒な物言いにナルトは目を見開く。
ナルトをもう一度だけ見たサスケは小さく息を吐いて、庭にある小さな花壇に目を向けた。

「俺はサクラが誰と付き合って、誰と結婚しようが関係ないしなんとも思わねぇよ
俺達もいい年だ。ましてやサクラは女だ。子供が欲しけりゃ現実に年齢が関係してくる」
「そりゃそうだけどよ」
 ゆったりと立ち上がり、サスケの隣に腰を下ろしたナルトも目の前の小さな花壇をぼんやりと眺める。

「俺はサクラを信じる」
 サスケの言葉にどの口が言うのか! と思いナルトが隣を見れば、至極真剣な瞳で花壇を見つめるサスケが居た。

「サクラの諦めの悪さはよく知ってる。サクラが惚れた男が我愛羅って言うんなら、俺は我愛羅も信じるさ」
「……なんで、そんなに信じられんだよ」
 ぐっと拳を握り締め、ナルトは眉間に皺を寄せる。

「我愛羅がサクラちゃんを泣かすかも知れねぇし、辛い思いさせるかもしんねぇ! 傷つけるかもしれねぇんだぞ!」
「それこそ二人でなんとかするだろう」
「だけどよ……!」

 いつも隣で叱咤する相手が居なくなる事の恐怖感。
隣でいつも笑っていた相手が他の男に、笑いかける歯痒さ。

 ナルトがサクラに固執するのも分からなくはない。
良くも悪くも、サクラは自分達の中に入り込みすぎた。

 自分達は、男だ女だ、いつか失敗して関係がぶつりと切れてしまうようなそんな危うい関係なんかではないのだ。
 一度瞬きをして、サスケはそっと右目の瞼に触れる。

「お前も分かってんだろ。アイツの……サクラの頑固さを」
「そーなんだよなー、サクラちゃんって頑固なんだよなー」
 ごろりと上半身を寝転ばせ、ナルトは腕を頭の下で組んでぼんやりと空を眺めれば、そこには変わらず青空が穏やかに広がっていた。

「幸せになってくれりゃいいんだってばよ……」

 ぽつりと呟くナルトの言葉にサスケは内心同意をする。
何処の馬の骨とも分からない男ならば断固拒否をしていたかもしれないが、他里とは言え相手は風影。
悩む事も大変な事もあるだろうが、サクラなら上手く立ち回れるはずだ。

 意外と似合っているのかもしれない。
そう考えていたサスケの肩を、ぽんっとナルトが軽く叩いた。

「そういやさあー、お前」
「なんだ」

 にやにやと笑うナルトの顔が気持ち悪い。
眉を潜め少し後ずさったサスケはナルトの言葉に目を丸くする。

「サクラちゃんに惚れた事なかったのか?」
 そろりと目を逸らし口元を押さえ考えた。
もし、サクラに惚れていたのなら、結果は変わっていたのだろうか。
分かるはずも無い未来を少しだけ考えて馬鹿らしいと首を振った。

「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ」
「あんだと! ……ん、召集……?」

 ピーヒョロローと鳴き声を上げ、うちはの屋敷上空を旋回する鷹に二人は顔を見合わせた。
鷹の鳴き声が、怖いぐらい真っ青な空に響きわたる。