一際強い風が砂を運ぶ。
人の叫ぶ声が、恐怖へと誘う。

 逃げる者と、戦える者。
逃がさなければいけない者と戦わなければならない者。

 手に握り締めたクナイは、ただ血に濡れていく。


 どろりと、異臭を放つ目の前の物体。
ヘドロのようなソレは人なのか、果ては兵器なのか。それともまた違う生き物なのか。
男はぼんやりとそんな事を思いながら、クナイを握り目の前の物体に切りかかる。

 切られた物体は、口と思われる部分をにやりと持ち上げ不気味に笑う。
その物体が男を薙ぎ払おうと腕の部分を持ち上げた瞬間、その物体は降ってくる存在にグチャリと音を立てて崩れてしまう。

「迂闊に近づくな!! 死にてぇのか!!」

 カラカラカラカラと音が鳴るのは傀儡から。
クナイを持ち身動きが取れないで居た男をチャクラの糸で引き上げる。

「カ、カンクロウ様……!!」

 腰を抜かした男は屋根の上に引き上げられ、ヘタリと腰を抜かしてしまう。

「あれに物理攻撃は効かないじゃん。それどころかあれに触れてみろ……体が持っていかれるぞ」
「も、持って行かれるとは……」

 カンクロウは烏を使いぐちゃりと潰れた物体を壁に叩き付ける。ぐんっと烏が引っ張られた感覚に眉を吊り上げ右腕を一度大きく引いた。

「アイツ等の体に触れると、コッチの体が熔けるってことだ! 接近戦も駄目、物理攻撃も駄目。見てみろそのクナイ、刃先が熔けてしまってるじゃん」

 カンクロウの忠告に男はクナイに視線を落とし息を呑む。
必死になりすぎて気がつかなかったのだ。
刃先が熔けなくなっていることに。
カンクロウに助けられなければ、自らもクナイのように熔けてしまっていたであろう。

「あ、ありがとうございます、助けていただいて……!」
「礼はまだ早いぜ……この事態を収束してからだろうが」

 烏で叩き付けたその物体の首がぐるりと回り、目の部分が黒々と存在する。
見開くようにカンクロウを見上げたソレが、口をガバリと大きく開けた。

「やっべ……!」

 クオオと空気を吸い込み、腹を膨らませた物体が口からドロリと黒い液体を吐き出した瞬間、あたりが砂で覆われた。


「流砂瀑流」


 何処からか聞こえる声。
まるで川の水のように、流れる砂が不気味な物体を次々と飲み込んでいく。

「我愛羅! 巻き込むつもりか!」
「そんなヘマはしない」

 顔を上げれば、砂に乗り空を浮遊する我愛羅の姿。 
腕を組み、見下ろした自里の姿に我愛羅は心を痛めた。

 人の叫びに子供の泣く声。
何処からか漂う腐臭に、上がる火柱。
負傷した者だけでなく命を落とした者もいると耳にした。

「アレを引き連れている大元はわからんのか?」
「奴等が多すぎて感知できねぇ! 奴等は倒せねぇのに数だけドンドン増えやがる、どうしようもねぇよ!」

 里を見下ろせば、応戦する忍達。
多くの子供や、忍びでない者達の保護を優先させるとして、奴等をどうするか、我愛羅は思考を巡らせる。

「操っている術者がいるのか……」

 なんにしても術者を叩けば止まりそうなもの。
だがその肝心の術者が何処にいるかも皆目検討がつかないので困り果てた。

 ふと、我愛羅は瞬きをして、嫌な予感を察知する。

「カンクロウ……姫とサクラはどうした」
「はぁ!? 俺の所には護衛部隊と合流したと聞いたぞ!」

 屋根の上にいるカンクロウは立ち上がり、我愛羅に向かって声を荒げた。

「しまった、やられた……!」

 眉間に皺を入れ、我愛羅は声を上げた。
どこで情報が入れ替わった! とカンクロウは奥歯を噛む。

「こいつ等の目的は、姫を攫う為の囮と陽動。そして捜索を遅らせるのが目的か」

 一瞬、ほんの一瞬、思考が止まる我愛羅の隙を逃さなかった蠢くヘドロの塊が我愛羅に飛び掛る。
我愛羅を護る砂の盾が発動するよりも早く、そのヘドロを猛スピードで何者かが蹴り飛ばしてしまった。

 くるりと身体を回転させ、屋根の上に綺麗に着地する人物の黒々とした髪の毛がサラリと揺れた。


「我愛羅君、油断大敵ですよ!」


 キラリと笑う白い歯が太陽の光に反射して眩しい。
そんな風に暑苦しく笑うのを我愛羅はこの世で二人しか知らないのだ。

「ロック・リー……! 何故ここに……」

 全身緑のタイツは相も変わらず健在か。
そんな事が頭を過ぎる我愛羅だが、リーが蹴り飛ばしたヘドロの塊がもう一度飛び掛ってくるのを目に入れた。

「そいつに触れるな! 触れた部分が無くなるぞ!」
 我愛羅の声に反応したリーはバク転をし屋根を伝い、ヘドロの塊から伸びる触手を避けていく。

「リーさんこれを! テンテンさんから!」

 叫び、リーに何かを投げたのは、砂に埋もれた通路に立っていたいの。
その隣で白眼でヘドロの固まりを見たネジは、ある一点に気がついた。

「リー! そいつの右胸の当たりだ! そこだけ動く核がある!」

 ネジの言葉に足を止め、いのから受け取った柄の長い紅い棒を両手に構え目前の敵を迎え撃つ。

 触手が届くよりも早く、リーの手に持った紅い棒がヘドロの右胸に狙いを定める。
ぐにゃりと笑うヘドロ。
それを見てリーも不適に微笑んだ。

「敵は正面だけじゃねーってばよ!!」

 砂の中から飛び出したオレンジ。
ヘドロの右胸に、リーが持つ紅い棒が触れた瞬間、オレンジの閃光が、核に向かってチャクラの塊を押し付ける。

「螺旋丸!!」

 響く声と同時に、唸りを上げるヘドロの塊。
輝いたチャクラの塊は一瞬だけ小さく威力を凝縮させ、大きく弾けヘドロの核を粉々に砕けさせた。

 ドロドロとしていたその物体はさらりと砂になり地面に落ちる。

 パン! と手を合わせたリー達の姿に、我愛羅は流石だな。と思わず口元を緩めてしまう。

「助かった、ありがとう。リー……ナルト」

 ふわりと屋根に飛び降り、我愛羅が二人に感謝を述べれば、リーとナルトは顔を見合わせて驚いた。

「仲間のピンチを助けるのは当然ですよ!」
「おう!」

 ニカリと笑うリーとナルト我愛羅はもう一度、心の中で「ありがとう」と告げた。


「風影様ー! 風影様ー!!」

 泣き叫ぶように助けを求める声。
幼い女の子の手を引き、走る少年に我愛羅は屋根から降り二人の子供に近づいた。

「逃げ遅れたか」

 怖かったであろう。
二人の前で屈めば、女の子は涙も鼻水もボロボロと流していた。


「サっ……さく……!! っひっく! ね、えちゃんが!」
 泣きながら何かを伝えようとする女の子に困惑する我愛羅だが、隣に居た歯が欠けた少年の言葉を聞き、腹の辺りが鷲掴みされるような感覚に陥った。

「サクラ姉ちゃんと、一緒に居た女の子が消えたんだ! 」

 事件はまだ、終わらない。