元々人通りの少ない裏路地。
そこは灼熱の太陽の光も注がれる事は殆どない。

 人を真っ二つにすることなぞ造作も無い程の、大剣を一振りし、目の前の異臭を放つヘドロの塊を叩き斬る。
しかしその物体は朽ちることなく、再び再生を繰り返す。

「あーもうー! 限がないんだけど! それに臭いし!!」

 大剣を振り回す水月に、あぶねぇだろ! 香燐が怒鳴る。
ごめん、ごめんと謝る水月と香燐のやり取りを見ていた重吾も「確かにこれは酷いな」と鼻元を押さえた。

「まるで死体の臭いみたいだぜ……」

 香燐は左の眉を器用に吊り上げる。
「死体」と言う言葉に反応したのはサスケ。
先の戦争で使用された穢土転生の術か? と考えたがそれにしては出来が悪い。
それに意思を持っているようで、持っていない。

 指先で顎に触れ暫し考えたサスケは、ふと顔をあげた。
気がつけば、今まで襲い掛かって来ていたヘドロの動きがピタリと止まっていた。

「……サスケ……」

 ジャリっと靴が砂に擦れる音。
妙に響くその音と、小声で香燐はサスケの名を呼ぶ。

「居るぞ」

 短く告げる香燐の声。
何かを感知した香燐が一歩、右足を後退させる。

 ぬらりと動く何かに導かれるように突如として動くヘドロ達。
今まで争っていたサスケ達には目も暮れず、ゾロゾロと列を作り歩いていく。

「……なんだ?」
「術者か?」

 覗き込むように壁に身体を隠し、サスケは並ぶヘドロの先をゆっくりと見る。
視線の先に居たのは、一人の男。
その男を包むように見えた真っ黒な影に、サスケは眉間に皺を入れる。

 ゆっくりと歩く男の後に続く、どろりと腐臭を放つヘドロ達。男が歩みを止めれば、その物体達もピタリと止まる。


「……そこに居るんだろう、出てきなさい」

 男の声が響き渡る。
バレたのか。そう思いサスケが帯刀している刀の柄に触れた瞬間に、二つの内の一つの気配が現れた。


「……やはり、あなたでしたか」

 男と対峙するのは一人の女。
身分の高そうな服を着ていた女は、男に臆することなく堂々と背筋を伸ばしていた。

「重吾、水月目を離すなよ」

 目の前のやり取りをしっかりと見ながら、サスケは二人に注意を促す。
コクリと頷いた二人もまた、目の前のやり取りをしっかりと見据えていた。

「子供達はどうした?」

 にやにやと笑う男に、女は扇子を広げ口元を覆う。

「あの子達は安全な所に非難させました。」
「ほぉ……」

 男がゆっくりと歩みを進める。
女は顔を逸らさず鋭い瞳で男を見た。

「情けない事に、気がついたのはつい先ほど。今考えれば全て合点がいく。跡継ぎ問題が勃発したのも、あの子が何度も命を狙われたのも……あなたがあなたでなくなってしまったのも」

 パシンと音を立て、扇子を閉じ女は手のひらに力を込める。
男の右手がゆるりと女の細い首に伸びていた。

「貴様は、誰だ。その人の身体に巣食う貴様は何者だ」

 女の問いに笑った男が、右手に力を入れる。
首を掴むその瞬間、女の直ぐ後ろに存在した古びた建物の壁がドン! と音を立て崩れ落ちた。

「っ……!」

 男が女の首を掴む前に、男の右手がブツンと空を舞う。
ボトリと鈍い音を立て男の右腕が地面に落ちた。

「こっちはオッケーだ!」

 砂埃の中、香燐は叫ぶ。
崩れた家の中から出てきた重吾は、脇に子供を抱えていた。

「あなた達は……!?」

 突然の事に驚く女。
重吾に抱えられていた小さな子供も目を白黒させていた。

「安心してよ、多分アンタの味方だよ」

 ニカリと笑う水月はざわざわと動き出し、飛び掛ってくる腐臭を放つヘドロの塊達を大剣で横一線に切り裂いた。

「何者だ、貴様達は……!」

 酷く焦った男にサスケは口を開かず、手にした刀にチャクラを流す。
バチバチと音を立てた刀の切っ先が男の身体を貫いた。

『ウオオオオ……!!』

 まるで獣のように吠える男。
周りに居た腐臭を放つヘドロ達がドロドロと液状に溶けていくなっていく。

 男の身体から刀を引き抜けば、舞い上がる黒い影。
腐臭を放っていたヘドロの塊ををみるみると吸い込んでいく。

「まずいんじゃないの? これって……」

 ひくりと口元を動かした水月の言葉に、香燐も「マズイと思う」と同意する。

「一旦、引くぞ。やつが本体だ、ナルト達も現状に気がつくはずだ」

 刀を仕舞い、走り出すサスケに水月は肩を竦め「やれやれ」と声を零す。

「ちょっと、我慢しててよねー」
「わっ!」

 水月は立ち尽くしていた女をまるで米俵を抱えるように方に担いで走り出す。

 水月に抱えられたまま、里の中枢に向かう女は唸り声を上げ、見るも無残に形を変えていく男の姿をただ眺めていた。

 過ぎていく日々はもう戻りはしない。
儚い願いは風に散る。



5:護り護られ、助け合う 了 →