砂隠れの里を覆う黒い、影。
里の中枢から聞こえる咆哮と、肥大化していくその存在にテマリはただ、呆然と見ているしか出来なかった。

「……あれは、なんだ……」

 砂隠れを突如襲った黒い生物。
生きているのか、死んでいるのかわからない物体。
その存在から放たれる腐臭が里内に充満する。

「テマリ様! 大変です、今聞いた情報によると皇后様とご子息も砂隠れに来ているそうです!」
「なんでこんな時に……!!」

 まるで、何かに引き寄せられたみたいだとテマリは空を仰いだ。




「ナルト、我愛羅!」

 里の中枢。
うじゃうじゃと出現するヘドロ達に応戦するナルト達の前に、サスケ率いる鷹が駆けて来る。

「サスケ達も来てたのか……!」

 驚く我愛羅に「おう!」と答えたナルトは問う。

「サスケ、アレは一体なんだってんだ!」

 オオオと声を上げるのは砂隠れの家よりも肥大化した黒い塊。
ドロドロと流れるそれは、まるで泥人形。
何かを探すように辺りを見渡している。

「あれが本体だ! ヤツを倒せば事態も収まるだろう」
「だったら、倒してこいよ!」

 目前のヘドロに螺旋丸を繰り出し、ナルトはサスケに向かって叫ぶ。
ナルトに答えることなく、サスケは眼球だけを動かし水月と重吾に抱えられている二人を見た。

「皇后……何故ここに」

 水月に抱えられていた皇后は地面に足をつけ、我愛羅と向かい合う。

「申し訳なく思います……こんな事態になるまで対処できなかった事に。"アレ"は大名に取り憑いて随分と経つはずです」

 皇后の言葉に、我愛羅とカンクロウはゆったりと動き、何かを探している様子の肥大化した人とは言えない、ヘドロの塊を見上げた。

「まさか……」

 視線の先に映るソレに我愛羅は鮮明に思い出す。
約、三年ほど前に医療忍者が殺され、サクラが行方不明となった事件を。

 あの日、我愛羅は対面したのだ。
御神木と言う名の木に狂わされた、少年だったものに。

 ヘドロの塊が突如として、大きく上げた腕を横に振れば、家は薙ぎ倒され砂埃が蔓延する。
ヘドロの塊が探し物を見つけたかのように、ニタリと笑った。


「……義母上、あれは父上様ですか」

 少年が、皇后に問いかける。
眉を下げ、不安そうな顔で見る義理の息子に、皇后は手に持っていた扇子を握り締めた。

「……違います。アレはあなたの父上なんかではありません」

 あんな存在。
どうやって認められようか。

『随分と、酷い事を言うではないか。俺はれっきとしたお前の父親だよ』

 響くようなどす黒い声。
耳に気持ち悪く残る、その声は業とらしく"息子"と主張する。

「あれが……? お前の父ちゃん?」

 驚いたナルトが目を見開いて少年を見た。

 悪臭を漂わせ、ドロドロと溶ける体。
明らかに殺意を持っているそれに、ナルトは疑問しかもてなかった

『そうだ、"この体"はお前の馬鹿な父のものだ。……なあ、馬鹿な子供よ』

 不気味に笑った、ソレが手を伸ばしたのがまるでスローモーションのように見えていた。

 ゆっくりと瞬きをした少年が、顔を見上げれば頭上から落ちてくる大きな手のひら。
それはまるで、少年を押し潰すかのように。

 いち早く駆け出したのは、その場に居た腕の立つ忍ではない。
血の繋がらない、少年の母である皇后だった。