それは一瞬。
まばたきを一度する間の出来事。

 皇后の掌が、息子である少年の背を押したと同時に振り下ろされる塊。
地面に叩きつけられた皇后が一瞬息を吐けば、景色が反転する。
右足を掴まれ、勢いよく空に舞う。

 不気味なほどの静寂に響いたのは、ブチリと何かが千切れた音。

 我愛羅達が目で追うその間に、皇后は崩れかけていた家へと投げ飛ばされた。

「っ……は、義母上さまああ!!」

 少年は、何が起こったのかわからない。
だけど自分の代わりに、血の繋がらない母が潰され投げ飛ばされたのだ。

『はっははははは……! 間違えた、間違えた』

 顔を押さえ大笑いをするヘドロの塊の手には、血に濡れた右足が存在した。

「野郎……!!」

 カッと目元を紅く染め、手の中でチャクラを練り風を起こす。
投げつけた風の手裏剣は、ヘドロの体を真っ二つに引き裂いた。
しかし、ぬらりと液状に蠢いたヘドロは引き裂かれた事など無かったかの様に体を再生させてしまう。

「螺旋手裏剣が効かねぇ!」
「ヤツの核を探して倒すしかないだろう」

 屋根に飛び乗ったナルトに、ネジが告げる。
ヘドロを白眼で見るが、黒い影に覆われて核はわからなかった。



「ぅう……」

 辛うじて呼吸をする皇后。
崩れた家の陰からそろりと顔を出した女の子は「生きてる」と呟き共に隠れていた、少年の腕を引いた。

「助けなきゃ……!」

 血を大量に流し、覚束ない目の皇后を見て慌てて駆け寄ったのは、歯が欠けた少年。
周りを見渡せば、風影も、オレンジの忍も皆、突然出てきたヘドロ達と戦っていた。

 皇后の前で、地面に膝を付き歯が欠けた少年はゆっくりと呼吸をする。
手のひらが暖かくなるのを感じ、皇后に向かい手を翳す。
緑に輝く淡く優しい光が皇后の体を包んでく。

「……助けるんだ。……助けるんだ」

 ぶつぶつと呟く歯が欠けた少年。
その横で幼い女の子は、皇后の手を幼い両手で握り締めた。
 ドオオン! と壁に叩き付ける音が間近で聞こえる。
敵かもしれない。だけど目の前の傷ついた皇后を放っておいて逃げるなんて、出来なかった。

「……お前達」

 皇后の治療をする歯が欠けた少年の頭上から言葉を落としたのは我愛羅。
まさか、歯が欠けた少年が治療をしているとは思わず、我愛羅は少しばかり驚いた表情を見せた。

「か、ぜ……影……」

 呼吸をすれば、ひゅーと皇后の肺が音を立てる。
駆け寄り、耳を近づければ虚ろな瞳で皇后から願いを託される。

「……あの人をあの子、達を、これ以上苦しませなくていいように……アレを止めてくれ……」

 我愛羅は、大名はただ護るべき存在。
国を動かす存在いわば舵だと思っている。
上に立つ者が良くも悪くも国を左右する。

 目の前で息絶えようとしている皇后は、国の為、民の為、劣悪な風の国を変えようと必死で戦ってきた。
我愛羅にとって言わば戦友だ。

「承知した」

 戦友の願いを、しかと受け止める。
己は戦う事は出来るが、傷ついて倒れている者を治療する事は出来やしない。

 今、我愛羅の前で、一つの命を救おうと懸命に戦う少年に我愛羅は腕を伸ばし、乱暴に頭を撫でた。

「ここは頼んだぞ」

 我愛羅の言葉に、不安そうな表情をしていた少年は「はい!」と返事を返した。


 人は皆、懸命に戦ってる。