ひやりと冷たい空気。
ここは一体何処なのか。辺りを見渡しても見たことも無い。
静寂に包まれたその空間は、怖いほど静かだった。


「何処かの……遺跡?」

 埃や土の匂いが充満する、古びた遺跡のような空間がただ広がっている。
よいしょと身体を持ち上げ、瞬きを繰り返し、同じように倒れていた少女にサクラは手を伸ばした。

「気を失ってるだけね……よかった」

 テマリに促されたように、市場での騒ぎから離れようとした矢先の出来事。
気がついた時にはもう遅かった。

 敵は目の前にいたのだ。そう、目の前に。

「女の子の寝顔を見てるなんて、マナー違反じゃないの?」
「……意識のない女を甚振る趣味はない」

 広い空間の天井にぶらりと、下がっているピエロの仮面の男に、サクラは言い放つ。
笑うピエロの面は天井に張り付いたまま、ゆっくりと、ただゆっくりと歩いていた。

「うぅ……」

 二人の話し声に反応したのか、少女が声をあげ、目を覚ます。
ピエロの仮面から意識を放さぬよう、サクラが少女に「大丈夫?」と問えば少女は自分の身に
何が起こったのかわからなかったようで、辺りを見渡し眉間に皺を入れた。

「ここは、何処じゃ……私達は一体……」

 サクラを見上げた後、見られている感覚に気がつき視線を天井に向ければ、ぶら下がっていたピエロの仮面に小さく「ひっ」と声を漏らす。

「お目覚めかな? お姫さんは」

 仮面の奥で笑う男。
男の声は存外冷たい。

 サクラの腕を掴んだ少女の指先は、カタリと震える。
それはそうだ、とサクラは納得する。
初めて少女と出会い、旅芸人や傀儡師による舞台を見ていたあの日。
あの瞬間、少女の命を狙ったのは目の前の男。

自分を殺そうとした人間と対面し、恐怖しないのは多分、戦場を駆けた者ぐらいだ。
戦う力を持たない少女にとって、目の前の男はトラウマでしかない。


「この世は理不尽だと思わないか? 自分の身を護る力も無い、権力のある奴等がただ大きい顔をして、
金を積めば何でも出来ると勘違いをしている。奴等にとって忍なんて道具でしかないんだよ。なあ、そうだろ? お姫さん」

 ビクリと肩を震わせ、少女は顔を青くする。
ぎゅっとサクラの腕を掴む手に力が入った。

「違う……! 私はそんなこと一度も思ったことなんて無い!」

 顔をあげピエロの男に少女は叫ぶ。
男は肩を竦め「どうだか」と呟いた。


 男の過去なんて正直どうだっていいし、同情をしたくもない。
サクラは今、少女をここから逃がすことだけを考えた。

「聞いちゃ駄目よ、あの男の言葉なんて」

 あの手の言葉は、精神を乱すただの手法。
情に訴え、隙が出来ればその時に首を切られてしまう。

 さて、どうするか。
気配を探ったが男の味方はどうも居ないようだ。
思考を廻らせサクラは天井にぶら下がる男と、広い一室にあるただ一箇所の出口を目に入れる。

 壁を壊して逃げる方法もある。
だが、ここがどこかわからない以上出た瞬間に海の上と言うのもありえるのだ。
わからない上に、自分一人ではない以上リスクは追えない。

 サクラは改めて思う。
自分の任務は彼女の身を護る事。

 鋭い瞳でピエロの男をサクラは見上げる。
仮面の下で男の口元が、ニヤリとつり上がったのを、サクラは知らない。