先に動いたのはピエロの男。
懐から出した細い針の束。まるで雨のように天井から降らせる。

 踵に力を入れ、ボコリと浮き上がった床の破片。
浮き上がった大小の破片をサクラは瞬時に見極める。
蹴鞠程の大きさの物をピエロの男目掛け、サクラは床の破片を蹴り上げ、畳み一枚にならないほどの大きさの破片で降ってくる針を全て防いでしまった。

サクラが蹴り上げた蹴鞠程の破片がピエロの男に届く前に、
ピエロの男は天井から足を離す。
その瞬間、ホルスターからクナイを三本取り出し、ピエロの男が着地する床に向かってクナイを縦に並べ投げつけた。

 ピエロの男がナイフを取り出し、二本弾けばガキン! と金属の擦れる音が響き渡る。
弾き損ねた一本がピエロの男の右腕を掠めた。

 僅か数秒の出来事。
少女は何が起こったのかわからず、頭を抱え屈んでいた。

 少女を両手で抱え、サクラは一つしかない出入り口に向かって走り出す。
突然足が地面から離れる感覚に、少女は思わず目を閉じた。

 一つしかない出入り口を潜れば、広がる長い廊下。
微かに点いていた明かりが不気味さを漂わせる。
今にも崩れてしまいそうな、ヒビが入った壁に鼻につくような土の匂い。

 少女を抱えてサクラは走る。
その後姿を一度見て、ピエロの男は腕を掠めた傷に視線を落とす。
傷口を親指で擦り、親指の臭いを嗅げばクナイに毒が仕込まれていたのを理解する。

「毒か……残念だったな。生身の人間だったら多少は効いていただろうに」

 毒が付着しているであろう親指を舐め、ピエロの男は笑う。
つま先でコンコンと床を叩いて、一度天井に視線を向けた。

「ターゲットは、一人とは限らないんだぜ……」

 仮面の下で男の瞳が、鈍く光る。 
男の足元から伸びるのは黒い触手。その触手は逃がさぬとサクラ達追いかけた。


 少女を抱え走るサクラ。
一筋の光が希望に見えた。

 ひたすら走り、見えた光とは裏腹に背後から追ってくるのは漆黒の影。
抱えられた少女が「サクラ!」と声を上げ、迫ってくる恐怖を伝える。

 もう一歩、もう少し!
光に包まれた外の世界。目前でサクラに追いついた漆黒の影。
ぬるりと動いた触手がサクラの右の足首を捕らえ、引きずりこまれそうになる。

 このままでは、少女も一緒に連れて行かれる。

 咄嗟のその判断がよかったのであろうか、悪かったのであろうか。
抱えてた少女から手を離し、背中を押した。

「サ、クラ……!」
「走って!!」

 出口は目前。ここから出れば今頃異変に気がついているはずの砂隠れの忍が感知するはず。

 サクラは叫ぶ、もう一度。

「前を向いて走りなさい!」

 叫ぶ声に、少女は肩で息をする。
少女が一歩走り出した瞬間、迫ってくる影。
捕らえられていない左の足で、距離を詰めて来た触手を踏み潰せばぐちゃりと音を立てた。

 天井を走るピエロの男に、ホルスターから素早く出したクナイを投げつける。
ボン! と音を立て消えたそれは分身。

 少女の行く手を阻むように地面に色濃く浮かぶ影。

 影の中から姿を見せたピエロの男。
後ずさる少女と笑うピエロ。

 ピエロの男が振り上げた一本のナイフ。
それは禍々しい黒いチャクラを纏い、刃先を伸ばしていた。

 バランスを崩しながらサクラは走る。
間に合え、間に合え! と。

 それは願い。
任務の成功だとか、失敗だとかではなかった。

 ただ、少女を助けたかった。



「サクラ……?」



 何か大切なものが消えていく感覚。
突如襲ってくる感覚に我愛羅は一度首を振る。
そんなはずは無い。無いのだとまるで言い聞かせるように。

空を見上げ、我愛羅はもう一度名を呼んだ。

 今、お前は何処にいる。