赤色。
すべてが赤く染まっていく。

 生温かい液体がベチャリと顔に掛かるのに、少女は身動き一つ取れなかった。
黒く禍々しい刃は、全てを奪っていく。

 少女を狙っていた筈の切っ先は、標的を変え庇うように飛び出したサクラの心臓を目掛け突き刺した。

 サクラが飛び出したことに、ピエロの仮面下で男が笑ったのをサクラは知らない。

 黒い刃が引き抜かれ、大量に流れ落ちる真っ赤な血。
力なくサクラがその場に崩れ落ちてしまった。

「サクラ! サクラ……!」

 少女の叫びに反応しない。
じわりと目の前が滲む少女はサクラに泣きつくように縋りつく。


「教えてやろうか」

 カツリと音を立て少女に一歩近づき、ピエロの仮面の下、男は薄っすらと笑う。

「どういうことじゃ……!」

 血に濡れたピエロの仮面が不気味に笑う。
少女は膝に、倒れたサクラを抱え涙を流し、大量に浴びた血の生暖かさに吐き気と恐怖を覚える。

 心臓を一突き。
命が消えていく。何も出来ない事がもどかしい。
サクラの手を握り締める少女の掌は、震えていた。

「もう、二年か三年前になるかなあ……」

 ゆったりとした口調で話す男が一歩、更に一歩と近づいてくる。

「万の病を治し、命を永らえさせる神の力が宿った木……万薬の木と言うのが見つかったんだ」
「万薬の、木……?」

 初めて聞くそれに少女は顔を顰める。
そんなものがあるのならば、今すぐ目の前に持ってきてくれと叫びたい。

「そう、その木を巡って昔から争いが絶えなくてな。十数年前にその木を自らの物にしよとした愚かな大名が神の怒りを買った。
砂隠のと岩隠れの境になる切り立った崖から転落して死んだと聞く」
「それとこれと何が関係があるんじゃ……!」

 少女の叫びに男は声を上げて大きく笑う。
 
「その愚かな大名の思念はあまりにも強かったそうだ。二、三年前その大名は万薬の木に宿る守護者と交換条件を出したそうだ。
"守護者が求める者を連れてくると生き返らせてやる"というなんとも馬鹿な条件だよ」

 少女の前に立つピエロの男は倒れたサクラを、足でゴロリと退かす。
力尽きたサクラの口は血に濡れ、地面には血の池が出来ていく。

「結果としては失敗に終わった。大名の男は砂隠れに拘束された後に溶けて消えたはず、だった」
「消えたはず……?」

 ピエロの仮面は笑っている。
少女の前髪をぐしゃりと掴み、無理やり立たせれば少女の顔が苦痛で歪む。

「ああ、消えたはずだった……本当はな。だがあまりにもこの世と"大名"への執着が強すぎた。
そこで白羽の矢が立ったのが現大名であるお前の義理の父親だ」
「……まさ、か」

 目を見開いた少女はこめかみから、汗を一滴。
「現大名を殺し、その身体にとりついた。だが一つ誤算だったのはお前が居たことだ」

 言葉無くピエロの仮面を少女は見る。

「相続問題だ。大名の息子にその地位を継がせるか、前大名の子供であるお前に継がせるか」
「……優しかった、お義父様が豹変したのはその男が取り付いたからか……!」

 じわりと目の奥が熱くなり、少女の声が震える。

「そうだろうなあ……合点がいくだろう。相続問題やお前の身の回りで不審な輩が居たことや、砂隠れへの長期保護など。
お前達家族は、昔の馬鹿な大名の亡霊にとりつかれたのさ」

 どうして、何故自分達が!
少女の頭に駆け巡る疑問。
血の繋がらない義理の父と義理の弟と笑い合っていた日があったのだ。
少女は跡を継ぐことなんて考えてもいなかったし、義理の弟に継いでもらってもいいのだと思っていた。

 自分はいつかどこかに嫁入りをするのだろうと。
だが、そうはいかなかった。周りの者達が"正当な血筋である自らに継がせるのだ"や、
次期大名が女であると舐められる男であるべきだなど騒ぎ出したのだ。

 どうすればいいかが分からなかった。
自分がいなくなれば全てが収まるのではないかと思っていた。
だがそれが出来なかったのは、義理の弟が手を伸ばしてきたからだ。
私までいなくなったらあの子は一人ぼっちだ。
一人の寂しさや辛さは痛いほどに知っている。

「お前が居なければこんな事にはならなかった」

 ピエロの仮面はサクラの血で濡れたナイフを少女の頬にヒタリと付けた。

「お前が産まれて来なければ、こんな事にはならなかったな」

 産まれて来なければ、よかった。
声を上げ、涙を流し少女は泣く。
苦しく涙する声が、薄暗い通路に響き渡る。

 少女の泣き叫ぶ声に掻き消されながら、ピエロの仮面の男は呟いた。

「あの女も、お前も全部道連れだ」

 振り上げた刀から、ぽたりと一滴。
血に濡れた涙が零れ落ちた。