泣いている。
あの子が泣いている。助けなければ。
意思と反して体は動かないし、意識は沈んでいく。
大きく泣いているはずの声もどこか遠くから聞こえるようだ。
存外、死ぬときはあっさりなのかもしれない。
どれだけ足掻いたって死ぬときは死ぬのだから。
ああ、瞼が落ちてくる。
心残りなんて沢山あるし、したい事もまだいっぱいあった。
もっと、いの達と買い物したかった。
元七班のメンバーで一緒にご飯を食べに行きたかった。
師匠達にもっと喜んでもらいたかった。
お父さんとお母さんに花嫁姿見せたかった。
結婚して、子供を産んで。
驚くかもしれないけど、喜んでくれただろうな。
ねぇ、我愛羅くん。
私まだ貴方に伝えたいことが沢山あったんだよ。
『どうして泣いてるの?』
どうして?
もう、皆に会えないからかなぁ。
『ねぇ、サクラ。もう君は苛められたりしてないんだね』
落ちる瞼。声だけが頭に響く。
心臓が、焼けるように異様に熱い。
『君が忘れないでくれたから、僕が全てを持っていくよ』
振り上げた刃の切っ先が少女に触れるその瞬間。
ピエロの仮面の男は身体が突然吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、ピエロの仮面がカタリと床に落ちた。
男は息を呑み顔を押さえ、呟いた。
「あー……もしかして奇跡起こしちゃうやつ?」
叩きつけられた身体に痛みが走り、男は眉間に皺を入れる。
何事かと吹き飛ばされた方向に視線を向ければ、血の池に居たサクラを護るように木の根が床から突き出していた。
「……まさか」
木の根が男に襲い掛かる。
腕を掠める木の根。痛みが走るのに男はまた、顔を歪める。
少女はひくりと喉を鳴らし、サクラに近寄り頬を撫でた。
「なんじゃ……この花……」
突き刺されサクラの胸から生えるように咲いているのは淡く光を放つ花。
わからない。
何が起こっているのかわからない。だけど、この木の根はサクラを護ろうとしてくれている。
「……おぬしは誰じゃ」
サクラを膝に抱き、少女は誰かに問う。
少女の瞳からぼろりと零れた涙。
太い木の根がサクラの腰を掴み引きずり込もうとする。
慌てて手を伸ばした少女。
その手首を掴むように、木の根が優しく腕を引く。
顔をあげた少女は、その木の根に見知らぬ少年の姿を見た。
優しく笑った少年がゆっくりと口を開き少女に告げる。
『僕が蒔いてしまった種だから、僕が全部持っていくよ』
その言葉を耳にした直後、少女は意識がぶつりと切れてしまう。
サクラと少女の体が木の根に取り込まれていくのを見た男は、ピエロの仮面を拾い上げ顔を右手で押さえていた。
「どいつもコイツも身勝手だよなぁ……」
男が右手を顔から離せば、どろりと顔の半分が溶けていた。
手に持ったナイフで襲い掛かる木の根を切り裂く。
だが、床を破壊し次々に出現する木の根に男は捕まってしまう。
「万薬の木よ……俺らは解放されんのか」
男の声は小さく、小さく。
唸りを上げる木の根と、遺跡が崩れ落ちる音に全て掻き消された。
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