砂とヘドロがぶつかり合う。
一進一退の攻防。禍々しいほどの影で覆われた砂隠れに、空からふわりと何かが舞い降りる。

「雪……?」

 ふわりふわりと空から落ちてくる何かに、手のひらを差し出していのはそれを受け止めた。

「花びらだ……」

 まるで雪のように大量に空から降ってくる花びら。
鼻先を掠めた花びらを我愛羅は拾い上げた。

「桜の花弁」

 ヘドロ達の動きが止まり、降り続ける桜の花弁に目を奪われるように忍達の動きも止まる。

 暖かく、優しく降り続ける花弁に恐怖を覚えたのはただ一人。

『馬鹿な……アイツは確かに消えたはず……!』

 何処に行こうと言うのか。
声を上げた大名に取り付いた、浅ましい思念は遠くへ逃げようとする。
走り出すヘドロに我愛羅達が構えるが、ヘドロを逃がさぬと捕らえたのは大地から次々と飛び出てくる木の根だった。

「なっ……木遁か……!?」
「違う! ヤマト隊長は来てないはずだ!」

 目の前で次々と捕獲されて地面に引き込まれるヘドロ達。
砂埃が立ち上がり、ネジが目を細め腕で砂から顔を護ろうとする。
咄嗟のネジの疑問に答えたナルトは、飲み込まれていくヘドロをただ見ていた。

 太い木の根に捕まえられ、地面に飲まれるヘドロの塊は声を上げ、恨みを連ねる。

『おのれ……おのれ、万薬の木め……! このまま、このまま終わると思うなよ!!』

 唸り声と共に大名にとりついた思念がゴクリと地面に飲み込まれる。
一瞬訪れた静寂。
残っていたヘドロ達はピタリと動かなくなり、さらりと砂と化していく。


「なにが、起こったんだ……」
「さぁ、とりあえず解決かな?」

 刀を鞘に戻すサスケに肩を竦めて水月が答える。
落ち着きを取り戻す砂隠れの里。

 安堵と歓喜に包まれるが我愛羅は耳鳴りがするような感覚に眉間に皺を入れる。

 なんだろうかと、我愛羅は視線を彷徨わせ一度だけ瞬きをした。
ざわざわと木の根が収束していく方面。
何かに呼ばれている。
じっと見ていた我愛羅は導かれるように突如として走り出す。

「我愛羅、何処に行く!」

 屋根の上に居たカンクロウが我愛羅が走り出すのに気がつき声を呼び止めようとする。
カンクロウに「ここは任せた」と言い残し、我愛羅は木の根を追いかけた。


「どうしたんだてばよ……」
「なにか焦ってる感じでしたね」

 ナルトとリーは我愛羅の後姿を見送り顔を見合わせた。


 こっちだよ。こっちにおいで。
まるでそう誘うかのように木の根達は音を立ていた。

 砂隠れを飛び出し、岩隠れ方面に歩みを進め、
ふと我愛羅は目に飛び込んできた光景に息を呑む。

 そこには、枯れた砂漠の大地を埋め尽くすように咲き誇る花の数々。
今まで見た事も無い、命の連鎖。
花畑と化した砂漠の地に我愛羅は立ち尽くした。

「……ワイルドフラワー」

 枯れた砂漠の地に咲くといわれる奇跡を目に、
ほんの少し遠くで聞こえたすすり泣く声に我愛羅は意識を浮上させる。
声が聞こえた方向を見れば、そこには立派な大樹があった。
決して砂漠に根付く事のない、春の大樹。

 その木の下。
静かに佇む墓標に、我愛羅はそこに眠る少年を思い出す。

「……お前が、呼んだのか」

 まるで我愛羅の言葉に反応するように、薄紅色に咲き誇る花弁達がざわざわと唄っていた。

「風影……」

 すすり泣きながら、花畑から顔を出したのは護るべき少女。
子供で、とても泣き虫で。
それでもどこか気丈に振舞おうとしていた少女が、ただ年相応に涙を流していた。

「ご、ごめん、なさい……ごめんなさい…!」

 ただひたすら、謝罪の言葉を紡ぐ少女。
少女の背後で横たわるその姿に、我愛羅は心臓の辺りが冷えていく感覚に落ちていく。

「……サクラ」

 花の中に眠るのは、愛しく大切なはずの女。
見間違える筈もない。
その髪の色に、艶やかで健康的に焼けた肌。
優しく自分の名前を紡ぐ、薄く柔らかい唇だって。

 何一つ見間違えるはずが無い。

「サクラ」

 名前を呼んでもその瞼は開かない。
頬を撫でたって、同じようで自分とは違う翡翠色をした瞳が見えることは無い。

 声にならぬ声でもう一度「サクラ」と名前を呼んだが、
その唇が、その瞳が開くことは無かった。


 胸に咲くのは曼珠沙華。
淡く光を放ち、まるで血のように真っ赤に染まっている。

 ヒラリと散った曼珠沙華の花弁。
それを悲しむかの如く、大樹はざわりと音を立てる。


 花は咲く咲く、花は咲く
枯れた大地に鮮やかに

 砂は舞う、一片の花弁を風に乗せ
風は運ぶ、嘆きと、

歓喜を−−


6:死が二人を別つまで  了  →