真っ赤に染まる目前。
辛いのは自分だけでなく、目の前のアイツもだって事も分かってる。
分かっているけど納得なんて出来なかった。
どうして、何で。
なんで、彼女がこんな目に。
そんな気持ちが駆け巡るが、きっと目の前の友と殴ったとしても、彼女が喜ばない事なんて重々承知している。
それどころか、彼女が知ればきっと自分は殴られるかもしれないのだと。
花のように笑う彼女だった。
ちょっと厳しいところがあったりしたけど、それでも忌み嫌わずに真っ直ぐ面と向かって接してくれた。
せめてアイツがいつものように仏頂面だったら躊躇無く、殴ってしまえたというのに。
今にも泣いてしまいそうな顔をするから、拳を握り締め殴るふりしかできなかった。
「やめとけ、ナルト」
サスケの声が静かに響く。
もう一度「やめておけ」とサスケが呟いた言葉に、ナルトは痛いほど拳を握り締めるしか無かった。
我愛羅が砂隠れに戻れば、騒ぎは収まり怪我人の治療に倒壊した家の瓦礫をかき集める忍達。
戻ってきた我愛羅の腕の中に、静かに眠るサクラを見てナルトは心臓が今にも壊れてしまいそうだった。
サクラの首に触れ、心臓に耳を傾けるも聞こえない鼓動。
それでも、胸から生えるように咲いている曼珠沙華の花は淡く光を放っている。
顎に腕を手を当て、マツリはどういうことだと首を傾げて考えた。
考えられるのは仮死状態。
回復しようにもチャクラを流しても、体が受け付けないのだ。
「……助からんのか? サクラは助からんのか?」
片膝を地面に付ける我愛羅の腕の中で、目を覚まさないサクラを見つめ少女は暗い影を落とす。
ごめんなさい。
そう繰り返す少女の言葉に、何も言えなかった。
サクラは任務を全うした。ただ、それだけ。
暗く沈む雰囲気を壊したのは、一人の年老いた老人。
片足を失くし、地面に座る皇后の前に駆け寄り「なんと痛ましい姿に……」と嘆いた。
「……爺、サクラが、」
少女が顔を上げ付き人である老人をポツリと呼べば「良くぞご無事で」と少女の前に立ち、ニコリと笑う。
「姫、忍は消耗品です、何も嘆くことは無い。寧ろ貴女を護って命を落としたのならそれは素晴らしい事ですよ」
ぽん。と少女の肩に両手を乗せ発せられた言葉。
ただでさえ、頭に血が上っていたナルトはその言葉に老人を今にも殴りそうになった。
確かに忍は国に仕え、兵として生きている。
国や上のお偉いさんから見たら確かに使い捨てのいい道具かもしれない。だけど。
許せなかった。身を粉にして国に仕え命を落とす仲間が居るというのに。
我愛羅はサクラを抱える手のひらに思わず力が篭る。
言い返したかったのか、それともそうじゃないとどれだけ自分達の命を軽視されればいいのだと。
顔をあげた我愛羅が、老人と少女を視界に入れれば、パシン! と乾いた音がとてもよく響いた。
「……なんと言った」
唸るような低い声。
十をたった数年過ぎた少女が、自分より遙かに長く生き歳を取った老人の手を叩いたのだ。
「忍は道具だといったんです。忍相手に感情を持つことは不要! 私為に使え、生きる道具!」
「一人の忍が私を助けるためにその命が消えようとしているのじゃ!」
「忍はそれが定め!」
互いに譲らぬ押し問答。
泣き叫ぶような、少女の声が静まり返る里に響いていた。
「姫、いい加減に……!」
年老いた老人は、切り捨てることが出来ぬ少女に全てを受け入れ、全てを守り抜くのは無理だと、伝えたかった。
忍は命を落とす確立は高い。
道具だと割り切らねばいつか心が枯れしまう。いつか心が壊れてしまう。
上に立つが故、全てを平等に、全てを護るなんてことは出来ないのだと。
「いい加減にするのは爺の方じゃ! 忍びは道具ではないぞ!!」
血を分けた少女を見て、皇后はああ、やっぱり自分の子供だと、ただただ納得した。
彼女はこれからどれだけ嘆くだろうか。
どれだけの命が目の前で散っていくのを見届けるだろうか。
ゆっくりと瞬きをすれば、少女が皇后を見つめていた。
「お母様! 私はあなたから厳しく育てられた事を存じてます、でも私はアナタの背中をみて育ってきた! 私は間違っておいでですか!
国を、民を守ろうとするアナタが忍を道具と切り捨て見捨てるおつもりですか!」
出来れば器用に生きて欲しかった。
全てを護ろうとして、結局何も護れなかった自分みたいに、なってほしくなかったというのに。
「姫、皇后様は今……!」
傷を負い立つ事すら出来ない皇后と、その隣に立つ義理の弟。
老人は皇后に向かって問いかける少女の口元を押さえようとした。
「サクラは私の友達じゃ! 友達が死んで何で悲しんではいけないのじゃ!」
うああああと更に声を上げ、嗚咽交じりで泣き出した少女にナルトも我愛羅も、その場に居た忍達はただ戸惑うしかなかった。
「爺、もうお止めなさい。あなたの負けですよ」
皇后が優しく笑う。
砂が舞い、土で汚れて片足を失って。泣きじゃくる少女に向かって両手を伸ばす。
「よく、頑張りました」
皇后の胸に飛び込んだ少女。
人の目だとか、立場だとか、関係なかった。
そこにはただ、母と子供の姿だけがあった。
自分の血を分けた娘と、父親を失くした義理の息子。
皇后は二人を抱きしめ、ただ優しく背中を撫でていた。
その姿を見ていた我愛羅は視線を落とし、目を開けないサクラを見る。
なあ、サクラ。
お前が懸念していたあの二人は、やっぱり母親と子供なんだと理解した。
あの親子は大丈夫そうだ。
サクラ、お前が一番見たかったんじゃないのか。
腕の中で、目を開けないサクラの頬を我愛羅は静かになぞった。
淡く光るサクラの胸の曼珠沙華。
風が吹けば、花弁が一片散っていく。
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