ドクリと脈打つ曼珠沙華。
その花はまるで、傷ついた心臓をまるで護るように根付いている。
もしかすると、 希望はあるのかもしれない。

 遠くから聞こえるのは戦いが終わった歓喜の声。
だけど、ここに居るもの達は皆悲しみに暮れている。
どうすればいいのだろうか、誰も動けず、まるで時間が止まってしまったようにこの空間だけが切り離されているようだった。

 ふわりと散った曼珠沙華の花弁。
それは地面に落ちると同時に水のように消えていく。

 サクラの胸に咲き誇る曼珠沙華に我愛羅の指先が触れそうになった所に、静止の声が聞こえた。

「待て、我愛羅! その花に触るな」

 突然の言葉に驚き我愛羅は顔を上げた。

「心臓からその花が生えてる、無造作に引き抜くとサクラの心臓を割く事になるぞ!!」
「どういうことだ」

 白眼で曼珠沙華が咲いている根元を見れば、まるで貫かれた心臓を護るように根が絡まっている。

「心臓を包むように根付いてる。サクラの心臓からチャクラが花に流れてる……もしかすると………」

 静かに輝き、また一枚散っていく。
一枚消えるたびに、消失していく輝き。

 ネジは一つの可能性を説いた。

「その花に流れるサクラのチャクラを身体に戻せばあるいは……」
「……本当か!」

 喜ぶナルトの声に、「あくまで可能性だ」とネジは再度言い放つ。
ネジの言葉に可能性があるのなら。と我愛羅はマツリに出来るのかと問う。
 我愛羅の言葉に顔を青くしてマツリは口を噤んでしまった。

「無理よ、そんな高等技術。出来るとしてら綱手様かシズネさん……そしてサクラぐらいよ」

 答えられないマツリに変わりに、いのが険しい顔をして答えた。
それに反論するのはナルト。過去に我愛羅を助ける時に砂隠れのチヨばあが自分のチャクラを変換させたものの応用じゃないのか。と問うた。

「そんな易々と言わないでちょうだい。他人のチャクラを自分の身体を通して変換するなんて、それこそ寸分のぶれも無いチャクラコントロールが必要よ」

 いのだって助けられるならば助けたいに決まっている。
だが、少なからず医療に従ずる立場として、そう簡単に「助けられる」なんて思えないし、言えなかった。

「だったら今から木の葉に連れ帰って治療するのは無理なのか?」

 今まで聞いていたサスケが一つ提案する。
サスケの案に懸念したのはリーだった。

「サクラさんの身体が、異空間忍術に耐えられますかね……?」

 何をするにも負荷が掛かる。
だが懸念点ばかり上げていても身動きが取れない。
ではどうすれば。


 悩み俯く我愛羅達を撫でるように、一陣の風が吹く。

 舞う砂埃。
何かが空から降ってくる。
思わず身構えたナルト達に「どうした、辛気臭い顔をして!」がっはっはと白い歯を見せ、笑うガイの姿がそこにあった。

「ガイ先生! 何故ここに!」

 師であり、尊敬する人物が突然空から降って来た事にリーは驚きを隠せなかった。
空を見上げたサスケは、口元だけで笑った。

「ゴメン、皆。遅くなった」
「ちょっと、ガイさん! いくらなんでも無茶しすぎですよ!」
「まーったく……ガイもいい加減歳を考えなさいって

 空に舞う黒い鳥。
サイが墨で描いた鳥に乗り、ガイと共にカカシとシズネも第二陣で応援に姿を現した。

「シズネさん!」

 切羽詰るようないのの呼び声。
その声にシズネは顔を引き締め地上に降りる。

「……シズネ殿」

 沈んだ表情の我愛羅の腕の中に居るサクラを見て、シズネは険しい表情を見せた。 

「状況は?」
「呼吸がありません、貫かれた心臓から出血を塞ぐ様に花が咲いてます、たぶんこの花がチャクラの受付を拒否しています」

 いのの報告を聞きながら、サクラの耳の後ろから首筋に手を当て目元を見る。
険しい表情を見せたシズネにいのは伺うように問うた。

「……どうですか?」

 小さく息を吐きシズネは厄介だな。と頭の中で考える。

「チャクラを受け付けないのは身体が拒絶しているということ。
この花はサクラのチャクラで出来てるから身体に戻せばいけるかもしれない。……ただ」

 一つの可能性の中に残る不安。

「これ、呪印だわ。これを解く手立てがない。それにもし解けたとしても、
寸分の狂い無くチャクラを身体に戻すと当時に心臓の蘇生と身体の傷口の縫合をしないといけないわ」

 サクラが纏っている服の合わせ目を少し開きシズネは確認をする。
淡く輝く曼珠沙華の根元、サクラの胸元には黒く蠢く呪印が浮かびあがっていた。



「呪印だって。香燐、君ならいけるんじゃないの?」

 少し遠巻きで見ていた水月達は聞こえた話に、隣に立っていた香燐に声をかけてみた。
それに、わかってる。といった表情で眼鏡を人差し指で上げサクラの目の前までずんずんと歩いていく。

「素直じゃないねー本当」
「全くだ……」

 水月と重吾は互いに香燐の後姿を眺めて、笑い合った。


「ム。どうした香燐!」

 少々口元をへの字に曲げた香燐を見てガイが問う。
相変わらず、暑っ苦しいおっさんだな。と思いつつも香燐はシズネに、呪印を見せてくれ。と願い出る。

「……香燐、貴女ならいけるかもしれない」

 サクラの黒く蠢く呪印をしっかりと目に焼きつけ、香燐は一度だけ瞼を上下させる。

「ああ、この呪印なら解けるはずだ。大蛇丸様と共に見たことがある」
 本当か! と喜んで香燐の背中をバシリと叩いたナルト。
その反動に少々顔を顰めた香燐は未だ、目を開けないサクラをしかいに捕らえる。

「正直言えばさ、私はこいつが死のうが、生きようが関係ないんだよ」

 香燐が呟く言葉にナルトは瞬きをする。
だけど。と続ける言葉にサスケは少し微笑んだ。

「サクラに一度救われた。借りた借りはしっかり返すよ」

 視線をサクラから我愛羅に向ければ、なんて顔してんだ。と心の中で香燐は舌打ちをする。
無表情を装う我愛羅は、心此処に有らずに見えた。

「よし……我愛羅くん手術室を一つ借りるわ、香燐、いの一緒に着て頂戴」

 シズネの指揮に頷くいのと香燐。
我愛羅が承知した。と呟きマツリに「お前も共に行け」と促した。
不安そうな表情で、マツリはシズネを見上げた。

 砂隠れで「腕のいい医療忍者が一人居る」とサクラが言っていたのを思い出し、シズネはこの子か。と認識する。

「力を貸してくれるかしら」
「はい……!」


 目の前で微かな希望を持ち願う者。
彼女達の力を信じ、次の行動に移す者。
それぞれが今、自分に出来る事をしようと行動しているというのに、我愛羅は立ち尽くしてぼんやりと腕を見た。

 だんだんと冷えていくその身体に絶望を覚える。
大切なものを失うことの怖さなんて知らなかった。

 立ち尽くして、身動き一つ取れない。
そんな我愛羅の背中を見ていたナルトは、なんて声を掛ければいいかわからなかった。

 砂隠れの里を静かに吹く風は、何処からか飛んでくる桜の花弁が静かに舞っていた。


 奇跡と言う言葉に、縋るしかなない。