穏やかで静かな森の中。
陽の光が暖かくて柔らかい。

 歩いていれば深い森の中、大きな木の下に座る少年が居た。
にこりとわらう少年の横には少し大きなうさぎのぬいぐるみ。

『もう、大丈夫だよね』

 その言葉に「え!」と口から言葉が出る。
可笑しかったのか『あはは』と笑う少年は優しい顔をしていた。

『もう泣いてないもん。あの時みたいに泣いてないもんね』

 少年がうさぎのぬいぐるみの頬を突っつけば、長い耳がゆらゆら揺れる。
その様子に思わず微笑んで、目元を優しく細めた。

『皆、まってるよ』

 ほんの少しだけ、寂しく微笑んで見えた少年に思わずう右手を差し出した。


「ありがとう」

 あなたに助けられた。
あなたのお陰で私は此処に居る、また皆と一緒に笑うことが出来る。

『ねぇ、一ついいかな』
「なあに?」

 差し出した右手を握り返す少年。
少しはにかむように笑うのが歳相応に見えた。

『今度はさ、一緒に遊んでよ。みんなと一緒に僕と遊んでよ』

 握り締めたその手は冷たい。
ゆっくりと瞼を上下して「当然じゃない」と答えた。

「だって、友達でしょう」

 私達。
その言葉を告げると同時に目の前に居たはずの少年は姿を消してしまった。

 穏やかに、とても穏やかに流れる風。
大きな木の下に佇むうさぎのぬいぐるみが、そこにあった。

 見上げた大きな大樹から、ひらひらと花弁が舞っていていく。
風が吹き、名前を呼ばれた気がして振りむけば思わず「あ」と言葉を発していた。




 緩やかに瞼を開けて、一番初めに感じたのは身体のだるさ。
ぼんやりとした視界が鮮明になれば、映し出されたのは何度か見たことがある天井。

 神経を辿り、ぴくりと指が動いたと思えば手のひらに暖かい感覚。
どれだけ眠っていたかわからない身体は首を動かすのも一苦労。
ギリギリと首を動かし、目の前に映るは鮮やかな茜色。

 しっかりと握られていた手は、ほんの少しカサ付いて何よりも大きかった。

 随分と声を出していないゆえに掠れる声。
けほりと咳を数回して、無理な体勢で眠り扱けている人物の名前を呼んだ。

「我愛羅くん、我愛羅くん」

 掠れる声にもう一度けほりと咳をする。
少し大きめの声で再度「我愛羅くん」と名を呼べば、茜色の髪の毛がもぞりと動いた。

「ぅ……ん?」

 ゆっくりと顔を持ち上げる我愛羅の頬にはシーツ痕がはっきりと残っている。
寝ぼけて瞬きを繰り返す我愛羅にほんの少しだけ笑ってしまった。


「おはよう、我愛羅くん」

 目元を細め、我愛羅を見ればまるで石のように固まってるいた。
おはよう。と改めて掠れる声で言ってみれば、握られていた手のひらに力を込められた。

「サ、くら……」

 動揺している彼なんて珍しい。
恐る恐る伸ばしてくる指先が、頬に触れ目尻を撫でられる。

 多分、私は帰ってきたのだ。あの子のお陰で。
だから帰ってきたときはこう言わなければ。

「ただいま、我愛羅くん」

 帰ってきたよ。と告げれば、彼の瞳からはらりと一滴零れ落ちた。

「おかえり、随分と遅かったな」

 どれだけ寝ていたかわからないし、今がどういう状況かわからないけれど。

「我愛羅くん、少し髪の毛伸びたわね」

 目の前の彼を見て、一番に思った感想はそれだった。