「万薬の木とは即ち桜の木。何でも治すと言われていたのは木の下で宴会をし、
大いに笑い細胞を活性化させていた為。確かにそれで病気が治った事例がある」
「なるほど」
「だが、それがいつの間にか木自体に力があると言われ、その木を巡り争いが起こった。それを回避しようとしたのがとある一族だったらしい」

 その木もいつしか人々の想いに答えようとしたのが始まりだった。
一族が滅んだ後も万薬の木を巡り争いは続いた。
その滅んだ一族の最後の少年の惨殺のされ方が惨たらしかったらしい。
哀れんだ万薬の木が、少年の願いを叶えたかったらしい。

 送られてきた一枚の報告書。
目を通していた綱手はふと視線を上げる。


「あいつ等はまだ帰ってこんのか」
「積もる話もあるでしょうし……」

 はあはは、と笑シズネに同意するトントンはぶひ! と鼻を鳴らす。
はぁ、と大きく溜息を吐いて前髪をかき上げ綱手は「サクラが目を覚まして、もう一週間になるんだぞ」と声を大きくする。

「そうは言っても、一ヶ月近く目を覚まさなかったですし……」
 多少は仕方がないんじゃないですかね。
シズネが擁護するように言えば「甘い!」と切り返された。

「まあ、今回の件はシズネ、お前もご苦労だったな。砂と木の葉の行き来が大変だっただろう」
「いいえ、それほどでもありませんよ。一番大変だったのは手術中とその後一週間でしたから」

 タイミングが良かったとしか言えない。
あの場に香燐が居たことや、自分が居合わせたこと。
なにより、あの曼珠沙華。
呪印はただ、サクラを縛り付けるだけの物ではなかった。

 サクラの身に危険が及んだ時に護る為に刻まれていた。
術者が傍に居られない事を想定して。

「サクラの容態も安定していると聞く。暫くは砂隠れでリハビリをして体調が戻れば木の葉に帰還させるか」
「そうですね、サクラのご両親も会いたがってましたし」

 それに頷き綱手はそうだなと頷く。
背凭れに体重を預け、大体だな! と声を荒げた。

「キザシとメブキは相手が風影というだけで喜んでいるが、私は認めん! そもそも今回の件とて……!」
「綱手様、もういい加減にしてくださいよ。あれだけナルト君を説得しておいて……」

 それとこれとは話が別だ!
音を立て机を叩く綱手に、シズネは少々呆れた顔を見せた。

「忌々しい!!」

 机の上に置いた報告書。
綱手は判を持ち大きく掲げた。

「万薬の木と大名、そしてその少年達の供養をし砂漠に咲いた桜の木が枯れるのを確認した。よってこの件に関しては終了とする!」

 ドン! と音を立てその紙に「了」の判を押した。



 ***



 カチャリと音を立て食器が擦れる音が響く。
食べ終わった食器を乗せているトレイが持っていかれたと思えば、備え付けの机の上に置かれる。

 ふかふかと白いベット。
食事をするために体を起こしていたサクラは「ありがとう」と感謝を述べる。
椅子に座らず、ギシリと音を立てベットの縁に腰を下ろし、我愛羅は短く返答した。

「何か他にあるか?」

 サクラの少し伸びた髪の毛を耳に掛け、我愛羅は問う。
小さく笑い、サクラは首を振る。

「もう、大丈夫よ。そんなに心配しなくても。体の調子も随分いいし」
「そうは言ってもだな……」

 我愛羅にとって、今回の事件はトラウマでしかない。
腕の中で大切な命が消えて行くことの恐怖。

 幼い頃に、大勢の命を奪ってきた。
命乞いをされても、例え任務で子を護る親と出会っても。
自分の存在を確認できるのが、誰かの命を奪う事でしかなかった。
そんな自分に友が出来、誰かに存在を認めてもらうことが出来た。

 それなのに。
友から大切な存在を奪った。
サクラの命が消えたとき、天罰だと思えた。

 今まで散々人の命を奪ってきたというのに、どうして自分が幸せを手に入れることが出来ようか。

 もし、あの時サクラが助からなければ、ナルト達に殴られる覚悟は持っていた。
里のためには死ねなかった。咎を受け入れ生きていくつもりだった。


 何か考え込むように、視線を下げる我愛羅の顔を覗き込みサクラは眉を下げる。

「どうしたの? そんなに真剣な表情をして」

 きょとりとした顔が近かった。



 一つの病室の前でドアの隙間から覗き見るいい歳の大人達。
お目当ての病室の前でどうしようかと花を持って立ち尽くしていた少年が幼い女の子に話せば少しだけ、歯が欠けているのが見えた。

「お兄さん達何してるの?」
「なにしてるの!」

 怪しい! 叫ぶ幼い女の子の口元を思わず押さえたのは木の葉のオレンジの閃光。

「ばっか! 静かにしろって!」
「今いいところじゃん」

 シーっと人差し指を立て口元に持って来ていたのはカンクロウ。
中を覗き見ていた大人達は立ち上がり、業とらしく咳払いをする。

「俺はなにも見てないぜ」
「わ、私も見てないですよ……!」

 サスケとマツリは嫌な気配を感じくるりと扉に背を向けた。

「はぁ!? お前等一緒に覗いて……!」

 オレンジの閃光こと、ナルトはまさかの裏切る言葉に声を荒げる。
しかし、病室の前を向けば思わず冷や汗を出してしまった。

「ほぉ……覗いていたのはお前達か」

 扉が開き、にこやかに笑う我愛羅の顔。
まさか我愛羅が笑う表情を見せるとは思わず、ナルトは顔を青くする。

「ま、まて我愛羅! これには深い訳が……!」
「問答無用!」

 ナルト共に我愛羅に追いかけられるカンクロウ。
素早いナルトを追いかけるのを諦めた我愛羅は、カンクロウに標的を絞っていた。

「なっ、んで! 俺だけ! おかしいじゃん!」

 ひー! と声をあげ病室の前で大暴れする。
病室の外の出来事に煩いなぁと溜息を吐いたサクラが、扉の方に視線を向ければナルトとサスケの顔を覗いていた。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返すサクラ。
ほんの少しばかりナルトの視線が彷徨い、意を決したように言葉を紡ぐ。

「サクラちゃん、今、幸せ?」

 事件に巻き込まれて、大怪我を負って。
寧ろ一度、死に掛けてというより死んでしまって。
そして今現在病院に入院している。
そんなことがあっても、歩んだ道は正しかったのか。
なんて、そんなに深く考える事も無い。

 今、私はここにいる。
生きて、皆と笑ってる。

「当たり前じゃない! しあわせよ!」

 それは心から笑うサクラの表情。
にーっと満面の笑みを見せたサクラにナルトもサスケも共に笑った。


7:いのちの在り処 了 →