カランコロンと聞こえる扉につけたベルが鳴る。
煙管を銜えた老婆が煙を天井へと吐き出した。

「なんだい、まだ店は開いてないよ」

 しゃがれた声で店内に入ってきた人物に言い放つ。

「……そんなことは承知している」

 遠慮無しにカウンターに座り、水でもくれ。と言う人物に老婆は「はいはい」と繰り返す。

「どうしたんだい、そんな険しい顔をして。そんなんじゃ余計に怖がられちまうよ」
「……元から怖がられてる」

 差し出された水を飲み干した人物こと、砂隠れの里長、我愛羅はだらりとカウンターに突っ伏した。



「あっはははは! にひひ……あー面白い!」
 
 カウンターの高さに合わせた椅子の上で足をバタバタさせながら腹を抱えて笑う老婆。
その笑い声に我愛羅は頬杖をし、むすりと表情を崩している。

「ついに腹を括ったのかい」

 にひひといまだに笑う老婆に「そんなにおかしいか」と再度注いでもらった水をゴクリと一口飲んだ。

「ああ、おかしいさ! アンタがまさかそんなヘタレだったとわねぇ。四代目もびっくりさね」

 煙管を灰皿に置き、老婆は棚から一つ酒瓶を取り出す。
グラスに注がれるワインはゆらりと波を打つ。

「あの子は他里の忍びさね。あんたがあげたネックレスの意味も知らないだろう」
「……言えなかった」

 何も知らなくて、純粋にきらきらと輝かせた瞳で見上げてくるサクラに。

「まあ、お嬢さんはそのネックレスつけて里内ウロウロしてるんだろ? だったら近しいものが聞くんじゃないかねぇ。プロポーズされたのかって」

 にやにや笑う老婆に、くそ! と思うが何も言い返せなかった。

「ところで、何の石にしたんだい?」
「ん、ああ。調べたらオレとサクラ同じ物があったから"サンストーン"にした」

 老婆は大きな辞典を取り出しページを捲る。
「アンタが一月の十九日で、あの子が三月の二十八日だったけねぇ……太陽の石。いいんじゃないかい」

 そうだろう。頷く老婆に我愛羅は少々自慢気に笑う。

「格好つけるんなら、あの子に"結婚してください"って言ってきな」

 厳しく言われるものの、老婆はまるで孫を見るかのように優しく笑う。
ワインが注がれたグラスが二つ。「前祝だ」と言われ誰も居ない薄暗い酒場で我愛羅と老婆はグラスをカチリと合わせた。

「成功したら今度地下のオアシス割り引いてあげるよ」
「……タダにはしてくれんのか」

 我愛羅の言葉に「こちらも商売なんでね」と老婆は笑う。


 カランと音を立て我愛羅が酒場から出て行くのを見送り老婆はよいしょと声を出して椅子から降りる。
カウンターの奥にある自室に行き、テレビの前にある写真立てを掴んで優しく目を細めた。

「チヨ……アンタが救った命はしっかりと前を向いて歩いているよ」

 写真に写るは若き日の老婆を含めた同期の面子。
老婆を残して皆旅立ってしまった。

 国が、里が。
変わろうと懸命に戦っているこの時に、他の仲間はもう居ない。

 老婆は最後までしかとこの目で見届けようと笑う写真の仲間に誓う。



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