バタバタと聞こえた足音。
一体なんだ? と思いながら一室から顔を出したカンクロウはその足音の人物から声を掛けられる。
「カンクロウさん! 我愛羅くん居ますか!!」
ふん! とサクラは鼻息を荒くする。
どうしたのかと思ったが、なんだか踏み込むのは野暮な気がして、執務室に居るぞ。とだけ答えた。
「ありがとうございます!」
ローブを翻したサクラの胸元にきらりと輝くネックレス。
カンクロウは数回瞬きをして、ははーん、そういう事か。と笑みを浮かべる。
「てか、我愛羅が知っていたのが驚きじゃん……」
色恋など全く無縁だと思っていた弟。
そんな弟がまさか昔から続く風習など知っていたとは思いもよらなかった。
うーん、と唸り声を一つ。
溜まりに溜まった書類の山を片付ける為我愛羅は椅子に座り、書類と睨み合う。
バタバタと走ってくる気配に、緊急の用事か? と顔を上げたと同時に目の前の扉が無遠慮に開かれた。
「我愛羅くん!!」
「サ、サクラ……!」
顔を真っ赤にして、どうやら怒っているらしきサクラの登場に思わず椅子から立ち上がった。
「なんで言ってくれないのよ!」
バン! と机の上にサクラは両手を付く。
机を挟んで我愛羅と対峙するサクラは眉を吊り上げていた。
「な……なんのことだろうか」
冷や汗を流す我愛羅に、サクラは口元をヒクリと歪める。
まったく、この人は!
「なんだっていいのよ、別に。格好いい言葉とかロマンチックな場所とか求めてないもの。ただ、私はキチンと我愛羅くんの口から聞きたい」
「う……」
口下手なのは知っている。
大切に想ってくれているのなんて重々理解している。
こと、恋愛ごとに関してはこれでもかって言うほど不器用なのも知っている。
だけど一つだけでいい。
貴方からの言葉が聞きたい。
サクラはそっと、我愛羅の手のひらを取る。
どれだけこの手は、人を傷つけ、人を助け、人を愛してきたのだろうか。
触れた手のひらを解き、サクラの頬に手を当て髪の毛を耳に掛ける。
目尻を撫でて、我愛羅は一度ゆっくりと瞼を上下させた。
「サクラ」
誰も居ない静かな執務室。穏やかな空気が辺りを漂う。
優しい眼にサクラは少し微笑んだ。
「はい」
少しばかり緊張した声色。
特にロマンチックな場所でも無いし、改まった言葉なんて思い浮かぶわけも無い。
いつも仕事で使う部屋に大量に重なった書類の数々。
それでも世界が違って見えた。
「……結婚、してくれるだろうか」
我愛羅のこんなに緊張する声が聞けるなんてこれから多分無いだろう。
私だけの特権だ。
一度瞬きをしたサクラの視界は。ぐにゃりと歪む。
「よろこんで」
震える声で返事をすれば、はらりと涙が零れ落ちた。
大切なものは確かに出来た。
だけど誰かを愛する事なんて知らなかった。これから先、誰かと共に歩みたいと思うことがくるなんて思わなかった。
誰かを愛おしいと思う感情が、自分の中にあるなんて思いもしなかった。
愛してくれてありがとう。
生きてくれてありがとう。
共に歩む覚悟を持ってくれてありがとう。
どれだけ感謝してもしたりない。
あなたに、ありがとうの言葉を。
陽炎に沈む花、恋しりて愛求め、花色づきて咲き誇る。
完
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