のんびりと穏やかに過ぎる時間。
駆ける子供の声が平和を表している。

「母上様ー、先に市場に行ってるよー」

 一人の少年が母と呼べば二階から声だけが降りてくる。

「あ、ごめんー、先に行っててー」

 準備に手間取っているのであろうか。
母親は子供に向かって先に行っててくれと声を張り上げる。

「わかりましたー、先に行こうか!」
「うん!」

 少年の、歳の頃は十歳ぐらいだろうか。
視線を下げれば母親に似た髪色の少女が手を伸ばして元気に頷く。
仲のいい兄妹だ。

「あ、お兄ちゃんお待たせー!」
「せー」

 市場で待ち合わせをしていた青年に駆け寄り二人はぺこりと頭を下げ、元気に挨拶をする。

「いいや、待ってないよ。僕も今来たところだし。ところでサクラ姉ちゃ……じゃなかった、サクラ先生は?」

 頬を掻き、昔の癖が抜けないなぁと呟いたのは少しばかり髪の毛が伸びた青年。
にこりと笑った青年は昔、歯が欠けていたが綺麗に生え変わり今では自慢の歯並びとなった。

「母上様はもう少し時間が掛かりそうです、先に行っていいよって言われたので来ました」
 ねー。と顔を見合わせる兄妹に仲が良いなぁと青年は微笑む。

「そっか、じゃぁ先に市場をまわろうか」
「ハイ!」
「はーい」

 青年の後をちょこちょこと歩く二人。
なんとも微笑ましいと、里内の者達は穏やかに笑っている。

 人の多い市場。
幼い二人を誘惑するものはこれでもかと言うほど沢山有るのだ。

「あ、これかっこいいな……」
「……使わないだろ?」

 青年に指摘され、頷いた少年は手に取った玩具を静かに置く。
それを見ていたのは、市場の手伝いをしていた一人の娘と青年。

「兄さん、いいじゃないそれぐらい」
「そうそう、けち臭い」
「ん、」

 兄さん、と呼んだのは髪を団子にし一つに括っていた娘。
その後に娘の言葉を肯定するように続けたのは短髪の青年だった。
三人に血の繋がりがあるわけではない。
幼い頃に両親を亡くし身寄りのない者同士肩を寄せ合ってきた、いわば血の繋がらない家族だ。

「まあ、サクラ先生怖いのわかるけど」
「だろ?」

 そう言い合う青年二人に呆れた顔をする娘。
あ、知らない。と思い肩を竦めた所で二人の背後から姿を現した人物に二人は驚きの声を上げた。

「誰が怖いですってー」
「「ギャー!!」」

 青年二人の頭をガシリと掴んだのは、現風影の妻であり、医療忍者のスペシャリストであるサクラ。

「あ、おかあさーん」

 はしり。とサクラの足にしがみ付く妹。
サクラの後に続いて姿を見せたのは風影である我愛羅と、前大名の娘であり、跡を継いだ姫の姿だった。

「まったく……アンタ達は相変わらずね」

 腰に手を当て、仁王立ちそして居たサクラに、その辺にしておけ。と助け舟を出したのは我愛羅だった。

「お主たちは相変わらず煩いのー」

 眉間に皺をいれ、黒い髪を翻した姫は腕を組む。
情けない青年二人の姿に姫は叱咤した。

「そもそもお主は今回のプロジェクトの要だということを理解しておるのか! そんなんでは木の葉のみならず、他里の面子にも馬鹿にされてしまうぞ!」

 ずいっと髪が長い青年に指をさし「私がお主を推薦したんじゃ、恥をかかせたらただじゃ済まんぞ!」
「わ、わかってるって……!」

 手で身を護るように顔をの前に掲げる。
ギャイギャイ騒がしい青年達に、サクラは小さく微笑んだ。

「随分と嬉しそうだな」
「ん、そうね」

 目の前の子達が、こうやって笑い合っているのが嬉しいし、
青年に至っては本当に死ぬほど努力をしたのをこの目で見てきたのだ。

「嬉しいわよ、こうやって笑い合ってみんなが居て。これもあなたのお陰だけどね」
「……お前の努力もあるだろう」

 人が多い市場の中。
騒いでいる青年達を置いて我愛羅とサクラはひっそりと笑い合う。
それを見ていた青年たちはじとりと目元を細めていた。

「あれ? あの子達は?」

 先ほどまで周りをちょろちょろしていた兄妹が居ない。
娘が声を上げれば、短髪の青年があっち。と指を指した。


「へー……それでどうなったんですか?」
「その男の子はどうなったの!」

 兄は興味津々で妹はハンカチで涙を拭いている。
兄妹の前にいたのは市場の一角にシートを敷いていた帽子を深く被った一人の男の姿。
旅商人なのか、または大道芸人かはわからないが兄弟に紙芝居を見せていた。

「その男の子は最後、命を落としました。だけど約束をしたのです。
今度また出会うときは友達として一緒に遊ぼうと。その約束を胸に男の子は深い眠りにつきました」

 語る男の声に、兄妹は涙する。
妹が「かわいそう」と号泣すれば、男は妹の頭をやさしく撫でた。
深く被る帽子で目元は見えないが、口元は優しく笑っているのが理解できた。

「可哀想じゃないんだよ。だって、その約束は守られたのだから」

 男が捲る紙芝居。
最後のページには大きな木の下で、笑う男の子と数人の子供達の姿があった。

「ほらー、あなた達、そろそろ見送りの時間よー」

 パタリパタリと走ってくるサクラに二人は顔を上げる。
二人はサクラに笑いながらサクラに抱きついた。

「どうしたの?」
「なんでもなーい」

 笑う子供達にサクラは首を傾げていた。


 ジャリッと音を立て、紙芝居を持つ男の前に我愛羅は屈む。
並べられた装飾品を眺めながら目に付いた、桜の花弁を模った指輪に目が留まった。

「これを一つもらおうか」
「……どうも、いいですよ。ただであげますよ」

 男の言葉に我愛羅は首を振り、提示されていた金額を支払った。
男は深く被った帽子を少しだけ上げ、我愛羅の顔を見た。

「あなたは今、幸せですか」

 我愛羅は数回瞬きを繰り返し、柔らかく笑う。
立ち上がる我愛羅を視線で追う男もまた、笑っていた。


「無論だ」

 そういい残し、背中を見せた我愛羅はヒラリと片手を上げて歩いていく。
男が視線を落とせば、破られた紙に一つ殴り書きがしてあった。

 お前のお陰で助かった。ありがとう。

 男は笑う子供のように。
何処からともなく風に乗った桜の花弁が舞っていた。



終幕
あとがき