サクラの妊娠が発覚し早半年。
 安定期に入り落ち着いた所で身支度をするサクラの元に訪ねてきたのは我愛羅の弟子であるマツリだった。
「サクラさん、お手伝いに来ました!」
「あ、ごめんねーマツリちゃん。助かるわー」
 自宅の玄関を開け、笑顔で出迎えるサクラにマツリも笑顔だった。


「あれ、ほぼ荷造り終わったんですね」
「うん。向こうにも荷物はあるからね。持っていくのはそんなに多くないほうがいいかなと思って」
 サクラがお茶を出そうと台所に向かったところを、マツリは自分がしますから! と声を大にして無理やりサクラをソファに座らせた。
「明日の朝出発ですよね。大丈夫ですか」
「んふふ、大丈夫よ。明日はテマリさんも一緒だし。それにマツリちゃんも一緒に来てくれるんでしょ?」
「そうですけど……もし何かあった場合」
 マツリはサクラから視線を外し、湯飲みを見た。
 湯飲みの中でゆらゆらと茶柱が立っているのをぼんやりと眺めていた。
「あら、そのためにマツリちゃんが居るんじゃない。今や私の右腕となっているマツリちゃんだもの。信頼しているわよ」
 にこりと笑うサクラにほんの少しだけ頬を染めたマツリは誤魔化すようにサクラに聞く。
「そ、そうだ、サクラさん! 今の火影様はサクラさんのお師匠様なんですよね! どんな方なんですか」
「綱手様? うーん、そうねー。厳しいけどすっごく優しい人。私の憧れで私の進むべき道を教えてくれた人。
きっと綱手様が居なかったら私はきっと此処に居なかったと思うわ」
 思い出すような瞳でマツリに話すサクラの表情は、優しかった。

「でも、先生寂しがりますよ」
「え」
「だって、サクラさんが実家に帰ると決まったとき、先生複雑そうでしたよ」
「大丈夫よ、出産間近になればあの人も木の葉に来ると言ってたし……寧ろ、テマリさんが口寄せするから安心しろって言ってたし」

 事の発端は、木の葉から使いとして砂隠れにやってきたシカマル、いの、そしてサイがサクラの様子を見に来た時にいのが言ったのだ。
「出産はどっちでするの?」と言う問いかけだった。
 サクラ自身出産に関しては木の葉でするという考えが頭から抜けていたためその言葉を聞いて、里帰り出産もありだなーと我愛羅に問うたのだ。
 まさか実家に帰る発言が出ると思っても居なかった我愛羅は酷く焦った様子だったが、砂での出産率と木の葉の出産率を比較するのと、
医療忍者のスペシャリストで自分の師と姉弟子がいる木の葉で子を産んだほうがリスクはどちらが少ないか考えれば明確だった。
 それと同時に頭を過ぎったのが砂隠れでの出産率を上げるために医療施設の改築と医者の増員を検討しなければいけない事。
綱手にどうすればいいか相談をしようとサクラは秘かに心に誓っていた。


「お父さんと、お母さんに孫の顔を見せないとね」
 嬉しそうに笑うサクラの顔は、幼さは抜け母親の表情をしていた。




 カラリと照りつける太陽。
 歓迎するような天気とは裏腹に、不機嫌そうな雰囲気をかもし出している人物が一人。
「大丈夫よ! テマリさんもマツリちゃんも居るし。それより私が居ない間の体調管理しっかりしてよね。
家事全般は、お屋敷の家政婦さんにお願いしているから不便はないとは思うけど」
 目の前の夫であり、里長である我愛羅の肩をバンバンと叩くサクラ。
「サクラ、そろそろ行くぞ。日が落ちる前に砂漠を抜けてしまいたい」
「はい、分かりました」
 テマリの呼びかけに振り向きざまに返事をするサクラ。
 思わず我愛羅の腕がサクラの頭をガシリと掴んだ。
「道中気をつけていけ。いいか、戦闘になっても戦うな。テマリに口寄せの巻物を渡しているから危なくなったらそれを使え。
あと、木の葉に着いたら連絡しろ。いいな必ずだぞ」
「わ、わかっているわよ」
 妊娠してもサクラは相変わらず仕事を続け、自らの体内に子供を宿している事を忘れているのではないかと思うと行動を多々取るのだ。
思わず、我愛羅もあれよこれよと口出しをしてしまうのだ。
「サクラの護衛を頼んだぞ」
 その言葉にテマリとマツリはコクリと頷いた。


「我愛羅君は心配性なのよ」
 ガタガタと揺れる馬車の中。
 本来ならば自分達の足で木の葉まで向かうのだが、今回は身重のサクラの里帰り。
 サクラの体を気遣いゆっくりと木の葉まで向かう手配をしたのも我愛羅なのだ。
「そう言うな。我愛羅も気が気じゃないんだよ。サクラ、アンタが無茶ばかりするから」
「むー……そう、かなあ」
 自分の行動を振り返るサクラだが、今までそんなに無茶な事をしたかと振り返る。
「そうですよ! この前なんて崩壊した家の瓦礫を持ち上げていたじゃないですか」
 先日里内であった事故で家が数件崩壊してしまった。
 それを買い物帰りたまたま近くを通りかかっていたサクラが救護隊が来るのを待たずに下敷きになっていた街の人達を救出していた。
 救護隊が来るまで待てるわけもないし、怪我人も続出するなか見てみるフリなど出来るわけもなかったのだ。
 その件に関して、我愛羅と言い争ったのは記憶に新しい。

「でもあれは」
「分かってる。分かってるよサクラ。だけどあの時の我愛羅の気持ちも分かるんだよ」
 確かに、我愛羅は至極複雑な表情だったのは覚えている。
 テマリに言われ、今冷静に考えれば我愛羅に言いすぎたかも知れないとサクラは思う。
「……今度、謝っておこう」
 サクラのその言葉にテマリは笑った。

 数年前はまさかこんな未来が待ってるとは思っても居なかった。
 血を分けた弟が、あんなにも幸せそうにしている。
 今度こそ、間違えないように。

 テマリは心に誓い、空を仰ぎ見た。