男兄弟二人で居る事の居心地の悪さはなんとも知れない。
 定期連絡で木の葉から文がくる度に早く帰って来い! と思うのは致し方ない。

 そんな折、出産間近のサクラが体調を崩したと聞き微かながら動揺を見せた我愛羅を見逃さなかったカンクロウ。
「我愛羅、暫く木の葉に行って来るじゃん。こっちは俺とバキでなんとかするぜ」
 人の居ない執務室で我愛羅に任せておけとカンクロウは伝えた。
 我愛羅は少し眉間に皺を寄せ「心配だ……」とぽつりと呟きカンクロウに小突かれたが、
少し笑うだけで済ませたのは昔では到底考えられない程、信頼関係が出来ていた為。

「ありがとう」

 その言葉を言われたときにカンクロウは頭の中で処理が追い付かなかった。
 今、目の前の仏頂面が言ったのかと思えば笑いが出てしまいそうで仕方がない。
 気をつけていって来い。と言えば「常に気をつけている」と言い返されてしまいそうな気がして「木の葉の連中によろしくじゃん」と無難に言葉を選んだ。


 風影不在の執務室で重要書類は最終的に我愛羅に目を通してもらう為選別している中、コンコンと聞こえたノックに顔を上げた。
「大人しくやっているようだな」
「しょうがないじゃん。こういう時ぐらいじゃないと兄貴面できねーだろ」
 執務室に入ってきたバキに笑いながらカンクロウは答えた。

「あの我愛羅が父親か」
 机の上の書類を一枚手に取り、バキは昔を思い出す。
「ああ、父親になるんだ」
 幼い頃、父からも母からも愛されていないと思い周り全てを敵だと感じ、自分だけを愛した修羅。
 悲しいかな我愛羅と和解したのは父の死後。
 戦争中に穢土転生された父と対面したと聞いたときはなんとも知れない衝撃が走った。
 少なからず我愛羅を毛嫌いしていた時期もあっただろう。父の考えが分からない時もあった。
 我愛羅が変わろうとしたから自分も変わったのだろう。
 もっと、幼い頃から我愛羅をテマリと共に信じればよかったのだろう。真正面からぶつかればよかったのだろう。
 理不尽な思いをさせてきてしまった。

 ただ、ただカンクロウは我愛羅の幸せを願った。
 まさか自分より先に結婚するとは思わなかったが。

「それにしても、いい相手を見つけてきた」
 バキの言葉にカンクロウは書類から顔を上げた。
「サクラか」
「ああ。あの方は凄いな」
 確かに。とカンクロウは納得をしてしまった。
 良くも悪くも「春野サクラ」という人物は人を信じてしまうのだ。
 聞けば、共にスリーマンセルで行動をし、あれ程までに強い絆で結ばれているナルトとサスケから。そして我愛羅からも命の危機に晒されたと言う。
 決して脅えずにまっすぐ相手を受け入れる。
 だからこそ、あのナルトやサスケも渇望するのだろう。
 人柱力だから。元暗部だから、元抜け忍だから。
 サクラにとってはそれは大した問題でもなく、脅える対象でもないのだ。

「本当に、いい相手を見つけてきたじゃん」
 それは、自らも少しいいなと思っていた目に狂いは無かったと自負するのだ。




 気持ちが悪い。吐き気がする。
 動く気に全くなれず住み慣れた実家の自分の部屋で横になる。
 額に手の甲を当て目を閉じて、まどろむ意識の中でお腹を摩り不安な気持ちを落ち着ける。
 師匠である綱手の元で医学を学び、助産学も多少学んでいるとは言え、実際当事者になると不安は拭えない。
 出産予定日を過ぎてもお腹の中から出てくる気配の無い我が子に早くでてこと夢の中で願っていた。

 沈んだ意識の中、ガチャリと聞こえた音に薄っすらと瞼を持ち上げる。
 近づく気配に安堵を覚えた。
「我愛羅君……わざわざ来たの」
「ああ、本当だったらもっと早く来る予定だった。すまない」
 我愛羅は少し屈んでサクラの頬に手を伸ばす。
 冷たい我愛羅の掌が、サクラは心地良かった。
「どうなんだ、体は」
「うーん、まだ陣痛が来ないのよ。綱手様とも話してたんだけど今日中に陣痛が来なければ誘発剤を使おうと言う事になったわ」
「そうか」
 医学の事はよく分からないが、サクラの師であり五代目火影の綱手に任せておけば安心だろ。

 ゆっくりと体を起こしベットに座るサクラ。それを自然と支える我愛羅の姿を他の者が見れば衝撃だろう。
「大丈夫よ我愛羅君」
 手を借りて立ち上がる。
 その姿に我愛羅は少しだけ小さく息を吐く。

 確か居間にサクラの母とテマリが雑談をしていたのを思い出しガチャリと部屋のドアを開けた。
「……ぅ……」
 微かに聞こえた呻き声。
 一瞬血の気が引きサクラを見るとお腹を押さえ蹲っていた。
「サクラ!」
「ぅう……が、我愛羅君! お母さんとテマリさん呼んで。破水したみたい」
 突然の出来事に一瞬頭の中が真っ白になったが気が付けば「テマリ!」と叫んでいた。

「どうした我愛羅!」
 我愛羅の切羽詰った声を初めて聞いたテマリは何事かと焦ってサクラの部屋に駆け込んだ。
「何だい、サクラ破水したのかい」
「うん、多分そうみたい」
 テマリに続いてサクラの実母メブキが落ち着いた様子でタオルを抱え部屋に現れる。
「ほら! ぼさっとしないで。待ちに待った赤ん坊だよ!」
 バン! と我愛羅の背中を叩いてメブキはカラリと笑った。


 バタバタと慌しくサクラを病院に運べば既に綱手とシズネが待ち構えていた。
 分娩室に運ばれたサクラは笑う。

 酷く動揺している自分に我愛羅は驚くしかなかった。
 思った以上に、サクラが居ないと駄目らしい。