雨は止まない。
空はずっと、泣いている。


 大層豪華な屋敷。
煌びやかに飾られた装飾品に、敷き詰められた高価な絨緞。
どれをこれを見ても高価な物ばかり。

 だけど、どこか冷たくて、どこか悲しい。
屋敷の廊下から見下ろしていた街並み。
雨が降り続ける中、行き交う人が疎らに見えた。

「どうしました。なにか、いい物でもありましたか」

 緩やかに笑い姿を見せた女は綺麗に着飾り、赤い紅が目に留まる。

「……いいや」

 短く言葉を返せば、女が隣に並び立つ。
待ちを見下ろす女の視線は、誰かを探しているようだった。

「連絡は取れたのか」
「それが……あの人は今、この街に来ているかも知れないと」

 女の言葉に「そうか」とだけ返し、口を閉じれば女は独り言のようにポツリポツリと話し出す。

「……全く、取り合ってくれませんでした。会わせる事は出来ないとの一点張りで……それに、彼にはもう新しい女性がいるのだと」

 落ち込むように目を伏せる女。
返事も無く、ただその言葉を聞くだけ。

「あの人に逢いたい」

 その言葉に、五代目風影である我愛羅は何も言えなかった。


 我愛羅の元に文が飛んできたのは数日前の話。
その文を開けば、どうか助けてくれとの言葉。
雨隠れの令嬢が何故? と首を傾げたが、どうやら以前テマリが任務中に仲がよくなったと聞く。

 記された文を読めば、自分と惚れた男をどうか遠い地へ連れて行って欲しいとのこと。
このご時勢だ。よくある依頼だな。
そう思いながらもテマリの知り合いならば、多少の贔屓も致し方ない。
別任務で不在だったテマリに変わり、我愛羅が直々に任務に赴いたのだ。


「我愛羅様、少し外に出ませんか」
「……外に出るとバレるんじゃないのか」

 我愛羅の問いに、依頼主であり屋敷の娘である胡蝶と名乗った令嬢は首を横に振った。

「雨が降ってますから……街の皆さん他人の顔を見る余裕なんて無いですよ……それに、我愛羅様のお話しもお聞きしたいですし」

 特に今日は、雨音が強い。疎らな人並みがその証拠だ。

「最後に、この街並みを目に焼き付けておきたいのです」

 胡蝶の言葉に我愛羅は小さく頷いた。
明日、この街一番の令嬢は街から姿を消す。


 ボツボツと雨傘を叩く音。
踏めば靴底を濡らす水溜り。足元からジワリジワリと心が蝕まれていく感覚。

「どんな方なのですか?」

 興味津々と瞳を輝かせて覗き込んでくる胡蝶に我愛羅は溜息を吐く。
人の恋路よりも自分の心配をしたらどうだと言いたくなったが、覚悟を決めた胡蝶に迷いは感じられない。
迷っているのは自分か、と我愛羅は内心呟いた。

「よく笑って、怒って、よく泣く」

 胸の内に映る人物を思い出し、我愛羅はポツリと呟く。

 不思議な人物だと思えた。
最初は仲間だった。ナルトの大切な仲間で一つの繋がりだった。
一度傷つけた。
だけどそれを気もしてないようで平然と笑う彼女が少しだけ、怖かった。

「感情が豊かな方なんですね」

 くすりと笑う胡蝶を一度見て、そうだな。と短く返答する。
自分と違いいつも真っ直ぐで全力で。
眩しくて、焦がれた。

「想いは伝えないのですか」

 雨傘から覗く胡蝶の瞳は我愛羅の心を探るように見ている。
その視線から外すように我愛羅は地面を叩く雨を見た。

「……どうだろうな」

 里が違う事や、立場が違う事。
彼女が仲間を想っている事や、仕事が軌道に乗っている事。
伝えない理由を並べてみたが、結局今の細い繋がりさえも消えてしまうのが怖いだけなのだ。


 見上げれば、空は大量の涙を零している。
鉛色の空はいったい誰の心を表しているのか。

 ボツボツと傘を叩く雨。
雨の中に柔らかな香りを確かに感じ我愛羅は探すように顔をあげた。

「どうしました?」

 険しい表情を見せた我愛羅に胡蝶は問う。
我愛羅は目元を細め、首を振った。

「いや……なんでもない」

 胡蝶をチラリと視線に入れた我愛羅は小さく息を吐いた。

「もう、戻ったほうがいいんじゃないのか」
「……そうですね」

 素直に頷く胡蝶の背を少し押す。
今来た道を引き返し、我愛羅は一度だけ振り返る。

 確かに香る柔らかな香り。
灰色の世界にも鮮やかな存在感を出す花の色。
視線の先の鮮やかな花の色にああ、どうして。と一度呟き静かに嘆く。
優しく微笑む彼女の隣に男が居た。

 かくも運命とは絡まるのか。
彼女の隣に居る男が愛した女は、今自分の隣に居る。



「……我愛羅くん?」

 雨の音に掻き消されるは女の声。
鮮やかな花の目に映るのは、愛しく想う男の背。

 紡いだ声は、届かない。



2.出逢った瞬間、
 →3.つれない態度に、