見なければよかったかもしれない。
こんな依頼受けなければ。そう思った瞬間に嫌気が差した。
そっと、両手で顔を覆えばどろりと出てくる汚い感情。
歯を食いしばっても溢れてくる感情に、嫌になった。
雨が降り続ける街中で見てしまった。
あんなにも優しく笑う我愛羅の表情を。
別の男と言うのは、砂隠れの風影である我愛羅だったのかとサクラは理解する。
羨ましいと思ってしまった。
彼の隣に並ぶ彼女を妬ましいとさえ思ってしまった。
彼女が、依頼主である蘭と共にこの地を去れば、彼は、我愛羅は彼女を愛する事をやめるだろうか。
浅はかな願いだ。
例え、彼女と別れたとしても私をあいしてくれるはずはないのに。
綺麗で愛らしい小柄な女性。
男で無くとも護ってあげたくなるような。
「……我愛羅くん」
名を呼んでも返事なんてあるわけない。
いつの間に彼をこんなにも想ってしまったのだろう。
寝転んだシーツの上。
ぼんやりと考えたサクラは、瞼をゆっくりと閉じていく。
頬に触れた乾いたシーツが心地良かった。
雨足が弱まり、夜が更に深まる頃。この街一番の富豪の屋敷内に忍び込む。
目的は騒ぎを立てずに、依頼主である蘭の願いである胡蝶を連れ去る事。
そして、蘭と共に"殺す事"それがサクラに課せられた任務。
手のひらにじわりと汗を掻き、小さく息を吐く。
我愛羅にばれてしまえば、自分の命だけでなく砂と木の葉の同盟も危うい。
懸念したサクラは目立つ髪を隠す為、頭に黒い布を巻いていた。
黒い布を引き上げ口元を隠し、よし。と小さく呟く。
「幻術もトラップも無いわね」
辺りを見渡し確認をする。屋敷の二階、角の部屋。
屋根を伝い、窓ガラスから中を覗き見れば気配は一つ。
指先にチャクラを入れ、窓ガラスの鍵の部分をくり貫き静かに開けた。
足音無く、ベットで寝ている胡蝶の姿を見つけサクラは近づく。
ポーチから取り出した綺麗なハンカチと、小さな小瓶。
ハンカチに小瓶の液体を微量に吸い込ませ、寝ている胡蝶の口元をゆっくりと塞いだ。
起きる事も無く、更に深い眠りに落ちる胡蝶を見てサクラは心の中で「ごめんなさい」と呟き、胡蝶の膝の裏に手をいれた。
ゆっくりと抱き起こし、少しでも雨に濡れぬように胡蝶の身体に雨衣を纏わせた。
蘭と落ち合うのは街外れの船着場。
追っ手が来る前に早く向かわなければ。
胡蝶を抱えたままサクラは街の裏門から抜け出し、生茂った林をカ抜ける。
段々と強くなる雨。
木々は揺れ風がざわざわ騒ぎ立てる。
一歩、細い木に右足を着いた瞬間、左足を勢いよく引っ張られる感覚。
足首に巻きつく何かに身体を持ち上げられたかと思うと、腕の中で眠っていた胡蝶が奪い取られてしまう。
頭に巻いていた黒い布がするりと剥がれ、濡れた地面に落ちていく。
左足を取られたまま、逆さ刷りになったサクラの髪の毛がじわりと濡れた。
「彼女をどうするつもりだ」
「……さぁ、どうするつもりなのかしらね」
ぐしゃりと土を踏む音。
目の前を漂うのは、水を含んだ砂の粒子。
見下ろせば、一番会いたくて、一番会いたくなかった人物がそこに居た。
「胡蝶、起きろ」
サクラから胡蝶を奪い、腕の中で名を呼び起こす。
頬を軽く叩かれた胡蝶は力なく瞼を開き目を覚ました。
「……我愛羅様、ここは」
呟いて、きょろりと周りを見渡す胡蝶。
ゆるりと視線が上がり、胡蝶のキラキラと輝く瞳がサクラを見上げた。
何も疑わないような純粋な瞳。
眉を下げサクラは胡蝶を見下ろす。ほんの少しだけ、泣きたくなった。
「サクラ、もう一度問う……彼女をどうするつもりだ」
見上げず我愛羅はサクラに問う。
顔が見えない、見えることは無い。サクラが一度瞬きをすれば、身体を伝う雨水が、瞳を濡らし頬に流れた。
「死んでもらうつもりよ」
声が震えずに言えた自信はある。
偽るのは忍の定め、もう十代の子供じゃない。
例え、我愛羅が彼女を愛していようが、これから先敵として対峙しようが。
泣いてるだけの子供じゃないのだ。
3.つれない態度に、
→4.泣きそうな笑顔に、