さらりと流れる暗闇でも鮮やかなサクラの髪。
地面に落ち、雨水と泥で汚れた黒い布を掴んだ手に我愛羅は微かに力を込める。

 どうして。
疑問は胸の中で木霊する。
明確な答えなど聞きたくなかった、もしかすると愛した男の為に刃を持ったのかも知れないなど。
そんな事をするような人物ではないと思うが。一度疑念を持つと晴れはしない。

 歯痒くて、我愛羅は少しだけ奥歯を噛む。
サクラから我愛羅の表情は見えなかった。

「そんなに彼女憎いか……」

 我愛羅の確かめるような声。
不安そうな胡蝶の視線を感じ、サクラは数回瞬きをする。
綺麗に着飾っり、我愛羅の隣に立つのが絵になっていた。

「……全く、と言えば嘘になるわ。でも、私じゃ隣に立つのは無理だもの」

 ほんの少し寂しそうなサクラの声色。我愛羅は心が沈んでいくのを理解する。
サクラが大切に想う、彼等なら諦めがついたかもしれない。
なのに、突然現れた男に奪われるなんて。
このまま連れ去って、誰の目にも触れないところに閉じ込めてしまえたのならば。

 なんて醜い嫉妬心だと、黒く塗りつぶされていく心にどうしようもなかった。


 雨の音が酷く煩い。
静まる静寂、先に動きを見せたのはサクラだった。
ホルスターからクナイを素早く取り出し、雨水を含んだ我愛羅の砂を切り裂いた。
 足首を掴んでいた砂は、塊となりボトリと音を立て地面に沈む。
細い木の枝の上にチャクラを纏い一瞬だけ足を着け、
チャクラを纏った足を軸に枝をぐるりと回り、対面の木に飛び移る。
落ちるように地面に着地し、胡蝶の背後に回った。

 伸ばしたサクラの腕を、我愛羅が掴み静止する。
瞬きをたった一度する間の出来事。
胡蝶は一瞬呼吸が止まり、ゆっくりと背後を振り向いた。
 力を入れるサクラの腕を掴む我愛羅の手に力が入る。
無言の力の応酬に、我愛羅の眉間に皺が入る。

 降り止まぬ雨が、とても冷たかった。


 草木を掻き分けガサガサと歩いてくる音。
真夜中の、街外れの林の中。
何者だと我愛羅は音の聞こえる方に視線を向けた。

「……サクラ、さん?」

 聞こえた声に、我愛羅の心臓はざわりと騒ぎ出す。
一瞬で来た隙にサクラは唇を引き上げ、笑った。

「……ら、蘭様……!」
「胡蝶!」

 腕を掴まれていたサクラは我愛羅の腕を叩き、片腕で胸倉を掴み上げ、簡単に投げ飛ばしてしまう。
ぐるりと反転する景色に、体勢を整え我愛羅はサクラから距離を取りぬかるむ地面に着地する。

「サクラさん、これは……!」

 我愛羅と対峙するサクラに問うのは蘭。
手を取り合う、蘭と胡蝶を一度見てサクラは我愛羅に向き直る。

「行って下さい」
「しかし……!」

 サクラの背中を見て、欄は声を上げる。
蘭の腕の中に居る胡蝶は目を白黒させ、驚くしかなかった。

「その人を、幸せにしてくださいね」

 にこりと笑うサクラの声に、蘭は小さく息を呑み小さく頭を下げた。
戸惑う胡蝶の手首を掴み、蘭は走り去る。
二人を目で追う我愛羅を見て、サクラはクナイを一本手に持った。
サクラが動く気配に、我愛羅は視線を目の前のサクラに向ける。

「お前……」

 目元を細め、何か言おうとした我愛羅の言葉をサクラは遮った。

「ごめんなさい、我愛羅くん。あの人があなたの婚約者だとしても、あなたと一緒にするわけにはいけないの」
「は?」

 思いもよらないサクラの言葉に我愛羅の頭がぐらりと揺れる。
深く息を吐き、呼吸を整える我愛羅にサクラは続けた。

「あの女の人は、想っている人が居るの、たとえ我愛羅くんに敵わなくったって、時間稼ぎはさせてもらうわ」

 クナイを構えたサクラの背後に、瞬身の術で回りこみサクラ両腕を拘束する。
痛いほどに押さえつけられた腕にサクラは表情を歪め歯を食いしばった。

「アイツはお前の婚約者じゃないのか?」

 我愛羅の疑問に、。サクラはいったい何を言っているのだと声を上げた。

「何言ってるのよ、そんなわけ無いじゃない! 放して!」

 雨が降る林の中でサクラの声が木霊する。
叫んだサクラの言葉に安堵した我愛羅は拘束していたサクラの腕を離し溜息を吐いた。

「……そうか、よかった」

 右手で顔を押さえた我愛羅は、ほんの少し笑いながらぽつりと呟いた。



4.泣きそうな笑顔に、
 →5.全身で、