「サークラ、今日は飲みに行くわよね」

 質問ではなく、それは強制連行。
ぐぬぬと顔を顰めていたら、意地悪く笑ういのの背後からにこりと笑う視線が顔が覗いていた。

「サクラさん、行きましょう」

 ね。と笑うヒナタに何故だか逃げ出せなかった。



 わははと大きな声で笑う集団。
夜も更けた居酒屋はやっぱり煩いったらありゃしない。 その喧騒に飲まれないように、障子一枚で分け隔てられた座敷。 軽く足を崩しながら、目の前の焼肉をつまめば口の中にじゅわりと味が広がった。

「んー、美味しいー!」

 お肉と共に焼いたナスも皿にいれ、冷えたビールをゴクリと飲めば仕事のストレスなんてどこかに吹っ飛んでしまう。ぷはっ、と息を吐いたところで目の前に座るいのと視線がかち合った。
「さあ、今日こそ白状してもらうわよ! どうだったの!?」
 ビールのジョッキをドン! と音を立てテーブルに置いたいのは顔色一つ変えずに笑っていた。 その視線から逃げ、いのの隣に座っていたヒナタに目を向ければこちらも笑っている。

「……仕事だもの、無理に決まってるじゃない」
 はぁ。と息を吐き、呟いたサクラはビールが並々と注がれたグラスを両手で持つ。 チラリと二人の顔を見れば目元を薄く開けていたのに、サクラは背筋が凍りついた。

「アンタね! もう三年、三年になるのよ、我愛羅くんと知り合って! いつまで平行線でいるつもりよ」
 ふん! と鼻息を荒くするいのを「まあ、まあ」とヒナタが宥めていた。

 三年と言いつつも、最初の一年はただの患者と担当看護師という関係だった。
退院すれば、はい。そこで終了。と言う関係性。ほんの少しだけ持った淡い想い。いったい何の因果か。
それが消えるか消えないかの時に、また姿を現したのがいけなかった。

「んで、今回こそ電話番号ぐらい交換したの」
「ぅ……」
 電話番号を聞く機会なんて沢山あった。それこそ仕事の都合上、お互いに知っていたほうが何かと都合がいいのに。
営業と担当になってから約二年。
お互い電話番号を交換しようだなんていう会話すらなかったのだ。

「てか普通に不便じゃない? "仕事の関係で交換しましょう"とかいえるじゃないの」
「そう簡単に言えてたら今頃苦労はしないわよ」

 ジューっと目の前の鉄板の上で肉と野菜が焼けていく。ぼんやりと見ていたサクラは瞬きを数回繰り返す。
「そもそも、我愛羅くんって、ぐいぐいくる女の人苦手そうだし」
「男子校、出身って言われてたよね」
 ヒナタが補足するように言葉を続ければ、サクラはそれに言葉なく頷くしかなかった。

「まー、いいんだけど。最終的にアンタがどうするか決めるんだし」
 カランとジョッキの中の氷が音を立てて崩れていく。

「ただ、後悔しないようにしなさいよね」
 きゅっと眉を吊り上げたいのとは裏腹に、サクラは眉を下げて少しだけ笑った。
「善処します……」

 ぐいっと飲み込んだビールの味がとても苦く感じて、サクラは顔を顰めていた。



「はっ……くしゅん!」

 人も少なくなった静かなオフィスに響く大きなくしゃみ。 コピー機の前で鼻を啜った我愛羅に向かって「風邪か?」と聞いたのは同僚の犬塚キバ。
 大きな欠伸をしながら、ぐーっと背を伸ばすキバは椅子の背凭れにに全体重を掛けていた。

「いや……違うと思うが。それより入力は終わったのか」
 今日こそは早く帰れる。そう思っていたが思いの外業務が終わらず今日も残業を強いられた。 数時間前、定時に意気揚々と帰って行った同僚のナルトが羨ましい。

「おー! こっちはもう終わるぜ! どうだこれから飲みにいかねぇか、シノとダルイ先輩も一緒なんだけどよ」
 どういう面子だ。
二人とも違う部署のはずだが、キバやナルトは相変わらず顔が広いなと感心する。

「いや、今日は……遠慮する」

 正直言えば飲みに行く気力も無い。帰って、風呂に入って早く布団に入りたい。そんな事を考えていれば、目の前のコピー機が、『ピー』とエラー音を上げた。
「まあ、今日はいいけどよー、今度アレだぜ。"打ち合わせ"だから我愛羅も強制参加だぜ」
「……分かってる」

 紙詰まりを起こしたコピー機に我愛羅は項垂れ、大きな溜息。 紙特有のにおいに、もう一度盛大にくしゃみをひとつ。

 今日はくしゃみが多いな。
そんな事をぼんやり思いながら、もう一度くしゃみをした。


02. 惑いと共存する想い
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