「今、好きな人いる? 彼氏は? 病院は何処で勤務して、日中と夜間どっちの勤務が多い?」
矢継ぎ早に飛ばされる質問。
「あ、はい。……さぁ」など気の抜けた返事を繰り返すサクラだったが、
それでも目の前の男はにこりと人の良い笑みを浮かべ「じゃあ次は」と新たな質問を飛ばしていく。
悪い人ではなさそうだと思うが、この人と一緒にいたいと思えたか、と問われれば否だ。
気がつかれないように欠伸を噛み殺し、サクラは目の前に置かれたカクテルを一口飲めば、甘さを控えた柑橘系の味が口の中に広がる。
(うん、美味しい)
目の前の男が自慢話を織り交ぜながら会話を進めるのを、聞き流しながらサクラはもう一口グラスに口を付けた。
どうしてこんな事になったのか。そんなことは至極簡単だった。
中々踏み出せないサクラに親友であるいのが打診したのだ。少し視野を広げて周りを見てみるのもいいのではないかと。
別に会った男と必ず付き合うわけでも無いし、いい男がいれば狙えばいい。そうでなければただの飲み会だ。
『もしかすると、改めて我愛羅くんのいいところが見えるかもしれないわよ』
まあ、騙されたと思って参加してみなさいよ。
そう言われ軽い気持ちで、合コンと言う名の飲み会に参加しては見たものの、サクラは心の底から楽しくないな。と思ってしまった。
確かに、目の前に居る男はいい企業の営業トップと言う。
気が利くのはいいことなのだが、何よりノリが軽い。
(我愛羅くんと全然違う)
というよりも自分の周りに居た知り合いの男友達と全然タイプが違うのだ。
ドンチャン騒ぎをするように、いつの間にか相手の男達といのが飲み比べ対決をし、いのの隣でヒナタが「飲みすぎだよ!」と制止する声が聞こえてきた。
何だかんだで楽しんでいるならそれで良いか。
そう思いサクラがぼんやりとカクテルを見ていれば、男が一人、サクラの隣に座っていた。
「どう、楽しんでる?」
「は、はぁ……」
まあ、それなりに。そう言えば男は優しく笑う。
なにがおかしいのかと、じとりと視線を向ければ取り繕うように少しだけ慌てた様子を見せていた。
「ああ、ごめん、ごめん。なんだか乗り気じゃないようだったからね。もしかしてお友達に無理やり連れてこられたパターンかなって思って」
「そういうわけじゃ……」
ないけど。でも一概にそうとも言えずサクラは言葉を濁す。
もごもごと口篭るサクラを見て、男は「可愛いね」と何事もなかったかのようにサラリと言う。
その言葉にビックリしたサクラは思わず、噴出してしまった。
「何言ってるんですか、そうやって今まで色んな女の子ナンパしてきたんですね」
「やだなぁ、そうじゃないけど。本当のこと言ったまでだよ」
目元を細めて男は笑う。
よく言えば人見知りをしなくて人懐っこい。悪く言えばチャラ過ぎる。
そもそも初対面の、しかも異性の腕を掴むであろうか。
うぐぐと考えながらも、褒められたことに対しては正直嫌な思いはしない。
ほんのりと頬が染まるのは酒の影響だ。そんな事を考え、サクラは手のひらで頬に触れれば思いのほか熱かった。
「ちょっと、外の空気吸ってきます」
そういい残し、そそくさと個室を出るサクラの背中を男は見送り、グラスの中のビールをゴクリと飲み干した。
(やだやだ。ちょっと褒められたぐらいで喜ぶんじゃないわよ……!)
女子トイレの化粧台の前。
自分の心を落ち着かせるために手を洗い、ヒヤリと冷たくなった手のひらで両頬に触れる。
合コンになんて来るんじゃなかった。
確かに一つしか見れないのは欠点であろう。色んな人を見ていろんな人たちと向き合って、その中から自分と合う人を探せばいい。
それはなんら悪い事ではない。
ましてや、そこそこいい年齢だ。
子供が欲しいなら、もうそろそろ"結婚"を視野に入れるべきだろう。
想いが繋がっているか分からない人を待つよりも、自分を前向きに見る人物がいるのならその人と共に歩いたほうがいいのかもしれない。
だけど。
思考をめぐらせていたサクラは顔をあげ、鏡の中の自分の顔を見ればなんて楽しくなさそうな顔をしているのだろう。
折角、いのやヒナタが頑張って色んな人と関わる機会をくれたというのに。
のんびりでいい。時間がどれだけ掛かってもいい。お互い向き合えるようになるまで時間が掛かるのは百も承知だ。
腕を伸ばし、鏡に映る自分の顔に触れれば指先から流れた水が泣いていた。
「……今日は帰ろう」
いのとヒナタには悪いが、やっぱり無理だったと言えば分かってくれるだろう。
明日は休みだから、今日は帰って早めに寝て次の日のんびり過ごすかな。
そんな事を考えながら、肩掛けの鞄からハンカチを取り出し、トイレの外に出れば、サクラは少し驚いた。
「エチケット違反じゃないですか」
壁に背中を預け、携帯を見ていた男が顔をあげサクラに向かって微笑んだ。
「君がこのまま帰りそうだったからね。どう? 二人で飲み直さない?」
男の誘う言葉に「遠慮します」と一蹴するサクラは、背を向け廊下を歩く。男はサクラを追うように少しだけ距離を空け後を追う。
後ろから着いてくる男を気にせず歩いていたサクラが突如として足を止めた。いったいどうしたものかと思い、男もサクラの視線が向いている方向に顔を向けた。
「……我、愛羅くん」
呟く声が落とされる。
出入り口付近の少し大きな待合スペース。のそりと歩き、その場に姿を見せたのは顔色が悪い我愛羅。と、胸元を大きく開けた艶っぽい女性。
壁に手を当て、口元を押さえる我愛羅を心配そうに覗き込み、女性が我愛羅の肩に触れた。
「なんだ、アイツ彼女居たのか」
考えたくもなかった言葉が、サクラの背後で聞こえる。
ぎゅっと、手のひらに力を入れ握り締めた拳は感覚が無く、震えていた。
知らなかった、プライベートなことはほとんど話したことが無かったから。それでもそれなりに近い距離で向き合っていたと思っていた。
サクラは思う。自分だけが盛り上がっていたのかと。
彼の優しさを知れば惹かれる人もいるだろう、なによりどうして今まで彼女がいないと思っていたのか。
馬鹿みたいだ。彼はただ、優しいだけだった。ただそれだけ。
指先ひとつ触れることも出来ないのに、いとも簡単に我愛羅の肩に触れる彼女がただ、羨ましい。
05. 指先一本のふれあい
→ 06. 「届かなくてもいい」なんて嘘