キラキラ輝くネオンは夜の世界を鮮やかに色付かせる。飲んで騒いで、喧嘩して。時には見知らぬ人と仲良くなって。

 夜の街は、まだ醒めない。


 腕を引かれてぐいぐいと人通りが多い居酒屋の通りを抜けていく。何処に行くんだろうかと思い、サクラはただぼんやりとついて行く。

「ねえ、疲れたよね、少し休もうか」

 優しく、とても優しい声色でサクラに呟くように男は問いかける。その言葉にサクラが顔をあげれば、男は遠慮無しにサクラの肩を抱き寄せた。

「ちょっと……!」

 なにするんですか。そう声を上げようとしたがサクラの声を遮るように「アイツの事なんて忘れろよ」とサクラの耳元で呟く。 目を見開いたサクラが男の顔を見れば、瞳の奥はまるで獣ように輝いていた。

 身の危険を感じ逃げようとするサクラの腕を強引に引き、男は人通りの少ない裏路地に入っていく。暴れるサクラの口元を背後から塞ぎ寂れたホテルの前でにこやかに笑う。

「どうせ、男いないんだからいいだろう」

 なんと言う言い草か。もとよりこの男は性欲の捌け口として女を物色していたのか。そう思えたサクラは考えもなしについて着てしまったことに後悔と、嫌悪感を感じていた。

 少女漫画だったら、この時に誰か異性が助けてくれるかもしれない。だけどコレは生憎現実。助けがくるなんて思えないし何よりもただ、胃の辺りがムカムカする。
惚れた男には言葉にならないが、実質フラれ、出会ったばかりの男には性欲の捌け口として見られていたのかと思うとただ、やるせないし惨めだと思えた。

 汗ばむ男の手が気持ちが悪い。口元を押さえられ、腰に腕を回されていたが両手が何とか使えるのだ。

「大人しくしろよ、いいじゃないか一回ぐらい。どうせ減るもんじゃないし」

 ぶちり。とサクラは自分の中の溜まったものが引き千切れる音がした。今日は本当についていない。ここ数年の間で一番の厄日だ! 心の中でそう叫び、自由だった両腕を振り上げ、背後から掴まれていた男の胸倉を掴み地面へと叩きつけた。

「ぐっ……!」

 背中を強打した男は思わず声を上げて蹲る。その様子にサクラは肩で呼吸をし「馬鹿にするのも大概にしなさいよ!」と閑散とした裏路地で大きな声で叫んだ。

「こっ、の女……ふざけやがって……!」

 膝を付いて立ち上がった男が腹を立て、サクラに向かって思わず殴りかかろうとした瞬間、ぐいっと襟ぐりと引かれ男は後ろに仰け反った。

「やめとけ、これ以上問題を起こすとお前会社に居れなくなるぞ」

 少し大きめに息を吐き、汗を流しながら男を抑えたのは我愛羅だった。
「よく、ここが分かったな……盗聴器でもつけてんのか?」
「馬鹿言うな、聞き込みしたに決まってるだろう」

 よくよく見れば、カッターシャツの首元のボタンを開け、髪が乱れていた我愛羅に「どうして」とサクラは瞬きを繰り返す。
そんなサクラを他所に、男が我愛羅の腕を叩けば顔を顰めてサクラに向かって「この、ブス!」と言い放った。

 カチンときたサクラは憤慨し「何ですって!」と叫び詰め寄ろうとしたが、男の口元を右手で掴み我愛羅は力を込めた。

「それ以上口を開くな」

 低い我愛羅の声。恐怖を感じたのか男は思わず頷き、顔を青くする。我愛羅が腕を放せば、そそくさと逃げてしまった。
逃げる男の背中を見送って、我愛羅がくるりと振り返ればサクラは思わず肩をビクリと震わせる。顰め面の我愛羅が腕を伸ばせばサクラは思わず目元をぎゅっと閉じてしまった。

「……怪我は無いか?」

 優しい声色でサクラに問う。安堵したサクラは思わず駆け寄り拳に力を入れ我愛羅の胸に飛び込んだ。

「ばっかじゃないの! 来るならもっと早くきなさいよ!」

 ドスンと重い一撃が胸に入り、思わず咽た我愛羅に、サクラが慌てて「ごめん!」と謝れば我愛羅は少し困ったように笑う。

「いや、大丈夫だ。コレはお前を泣かせた罰だ」
「……泣いてないわよ、別に」

 むすりと口を尖らせたサクラの唇を抓み、我愛羅は「すまん」と謝った。
何事も無かったかのように振舞うサクラだったが、少しばかり手のひらが震えている。襲われそうになったのだ、怖くないわけが無いだろう。 我愛羅はそっとその手を掴んでもう一度「すまなかった」と謝罪する。

 少し遠くで輝くネオンの明かりがどこか穏やかに感じていた。


08. これが最後の選択肢
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