「もー、それでこっちは堪ったもんじゃないわよ、サスケくんとナルトの喧嘩に巻き込まれるなんて」
「それは災難だな」

 だが、相変わらず賑やかで楽しそうだ。そう告げれば、まあね! とにこやかに白い歯を見せ、春野サクラは笑った。


 体が溶けてしまうのではないかというほどの日差しにサラサラと肌を撫でるのは風に吹かれた柔らかな砂。灼熱の大地に姿を隠すのは砂隠れの里。厳しい環境の中、生き抜く知恵と技術を持つ、忍を統率するのは砂隠れの長、我愛羅。
里の長である我愛羅と同盟国とは言え、他里のいち医療忍者であるサクラが気軽に話せるのは我愛羅がよしとしたからだ。


「この料理美味しいわね」
「トマトと鷹の爪、場合にってはツナやアサリなどの海鮮系を入れても十分うまいぞ。ペンネはひき肉やほうれん草なども合うし、スープにも活用できる」

 ぷすりと刺したペンネを見て「木の葉には無いな」と呟き、口へと運ぶ。それを見た我愛羅は瞬きをして「そうか」と少し考えた。

「では、是非木の葉に輸入をしてもらえないだろうか」
「私の一存では決められないけど、お土産で持って帰るのは良いわよね。ナルトに打診してみるわ」

 ペンネのみなら木の葉に持ち帰ったとしても問題ないだろう。用はどう作って、砂隠れの料理をどう再現するかだな。そう考え、サクラは近くにあったメニューを手に取り広げる。

「あと、何か木の葉に持って帰れそうなのとかある?」
「……そうだな」

 メニュー表を見る我愛羅の向かいに座るサクラは、少し背筋を伸ばし逆さのメニュー表を覗き見た。

「あ、これとかどうなの……?」
「これは調理方法が難しくてな……」

 ひとつのメニューに指をさし、問えば我愛羅は難色を示す。顎を軽く押さえ、うーん。と小さく声を上げた。

 外とは違い涼しい店内。少し広い一番奥の窓際の席。店内の客と、店員がチラチラと我愛羅とサクラを見て何か話しているが二人はそれを特に気にするような素振りも無い。
風影として、慕われている我愛羅だが里の住人からしてみれば女の影が全くと言っていいほど見当たらない我愛羅が、他里とは言え"くのいち"と共に居る、ましてや一緒にお昼ご飯を食べているなんて思いもよらなかったのだ。

「あ、このアイスおいしいー! パンケーキに乗ってるのね!」

 ひんやりと冷えたアイスと出来たてで熱々のパンケーキ。その上にたっぷりの蜂蜜がかかっている。 店員から運ばれてきた皿を受け取ったサクラは、にこにこと笑いながら口の中でアイスがどろりと溶ける感触を存分に味わっていた。

「……太るぞ」

 目の前に重ねられたデザートの皿を一瞥し、対面に座るサクラが満面の笑みでアイスを口に運んでいたので苦言を呈せば、間髪入れずに「うるさい!」と返されてしまい、我愛羅は小さく肩を竦めた。

「経費で落とさんぞ」
「そんなー」

 少々脅すように言えば、眉を八の字に下げサクラは困り顔を見せる。せめてデザートだけでも! と懇願するサクラに我愛羅は笑う。

「冗談だ」

 目の前のペンネにフォークをぷすりと刺し、口に放り込んだ。もごもごと口を動かす我愛羅に「いじわるね」とサクラは唇をへの字に歪めていた。
 里の住人からしてみれば、姉のテマリ以外に風影にここまで砕けて話すくのいちを他に見たことあるだろうかと、ただ感心していた。



 紙袋を手に持ち店の外に出たサクラは鼻歌交じりで、店の軒下の木陰に立つ。サクラに続き店を出てくる我愛羅の背中に「ありがとうございましたー」と店員の声が軽やかに跳ねた。

「お土産までありがとう、これは病院でマツリちゃんたちと一緒に食べるわ」
 紙袋を持ち上げて見せたサクラに、我愛羅はコクリと頷く。

「また何かあったら連絡してくれ。木の葉に持ち帰れそうなものがあれば教えてもらえたら助かる」
「わかったわ」
 そう言葉を交わし、店先で二人は別れ互いの職場へと歩いた。


 お土産にもらったケーキはいつマツリたちと食べようかな。と考え、機嫌よく鼻歌を歌うサクラは背後から「あの!」と声を掛けられ振り向けば、そこには見知った青年の顔。
ここ、砂隠れの医療忍者の一人だ。

 木の葉から医療使節団として三ヶ月間の期間限定で、派遣された今回の任務で、青年は砂隠の新人医療忍者として紹介されたのだ。
まだまだ知識、技術共に未熟ではあったが、なにより勤勉さにサクラは関心をしていた。

「また、医学書漁ってたの?」
「は、はい……任務でもまだ足を引っ張ることが多いので、少しでも勉強しないといけないと思いまして」
 苦笑いをする青年に、サクラは目元を細め小さく笑みを浮かべ、青年の背中をほんの少しだけ力を込めて叩けば、バシン! と軽快な音と共に男が少し前のめりになり瞬きを繰り返す。青年がサクラに視線を向ければ、白い歯を見せ笑っていた。

「大丈夫よ。今は大変かもしれないけど、いつか花開くときが来るわ」
 だから自分を信じて。
サクラの力強い視線に男はほんのりと、目尻を染める。首筋を掻いてウロウロと視線を彷徨わせ青年は砂が風で揺れ動く地面を見るしかなかった。

「ぼ、僕……」
「ん?」

 人通りが多い往来。足を止めて地面を見た青年にどうしたのかと腰を曲げて顔を覗き込めば、目尻と頬を赤く染め、今にも泣き出しそうな青年の表情にサクラは驚いた。

「やっぱり、サクラさんが好きだなって、思って……」

 すみません、ごめんなさい。と謝罪の言葉を繰り返し述べる青年に首を振ってサクラは眉を下げることしかできなかった。



「あれ? サクラさん、ケーキ食べないんですか」
 砂隠れの医療塔に設けられた休憩所。
設置されたテーブルに広げられていた紅茶とケーキ。それはサクラが土産として我愛羅にもらったもの。目の前に並ぶケーキに手を付けないサクラに、砂隠の忍であり、我愛羅の唯一の弟子である、マツリは首を傾げて問う。

「うん……? そうね、食べていいわよ」

 ぼんやりと、どこか返事をするサクラ。マツリは同僚のサリと顔を見合わせ肩を少しばかり竦めた。


 ひとつ、心の中に落ちた小さなしこりは、大きな大きな波紋になるのを、サクラはまだ知らない。




01. 小さく開いた距離が始まり
 → 02. 仲の良い友人のはず、だった