ひとつの小さな繋がりが、くだらないと思っていた世界を変えた。壊すべき存在が、護るものになり、互いに傷つけ嫌い合っていた血の繋がる存在と正面を向き合い手を取り合って生きる存在と変わった。
彼等は強い存在ではなかった。だけど真っ直ぐ、前を見据えていた。奇しくも彼等の存在を認識したのは"彼等を殺そうとした"時だ。彼女に至っては、正直言えば突然目の前に飛び込んできたのだ。
実力差も歴然。人を殺した事もなさそうな彼女に、確かに"恐怖"を覚えたのは事実。殺せるはずだった。だけど殺せなかった。彼女の存在が、彼女の瞳が怖かった。
だから、視界から排除することで、彼女の存在を消したかった。
そこで初めて"春野サクラ"という、なんとも不思議な彼女の存在を認識する。
うずまきナルト、うちはサスケ、ロック・リーとは拳を交え、戦う事で理解しあえた。だが彼女はどうだろうか。強制的に目の前から排除して自ら戦う事を拒絶したぐらいだ。
その件に関して謝罪する事も、そんな機会も無く何となく彼女を見ても避けてきた。ようは彼女が怖かった。
そんな彼女が奇怪な行動に出た! と思ったのは、彼等が里から居なくなった時だ。それまで見かければ確かに挨拶ぐらい軽く交わす程度ではあったが、視察で木の葉に立ち寄ったときのことだ。五代目火影である綱手の命令とは言え、木の葉滞在期間中の里内の案内や身の回りの世話を彼女がする事になった。
今思えば、彼等が不在で少々落ち込んでいた彼女に対して五代目火影なりの気遣いだったのだろう。
『我愛羅くん、今日は一日私と共に行動するのよ』
堪ったもんじゃなかった。血の繋がりを持つテマリとカンクロウですらやっと話せるようになったというのに、突然の難関に秘かに頭を抱えたのを彼女は知らないだろう。
背後で、テマリとカンクロウが笑っていたので後ほど仕返しをしてやったが。
彼女、春野サクラはよく笑いよく怒る。感情の起伏が激しいとすら思えた。甘いものが好きで、特に餡蜜のよさを小一時間ほど語られたときはどうすればいいのか分からずテマリに助けを求めた。テマリも甘いものは好きなので簡単に会話を弾ませていた。
なるほど、こうやって会話をするのか。と納得はしたがそれを実践できる技術はなかった。
それからどうだっただろうか。いつの間にか話題はナルトやサスケの話になり、五代目火影や彼女の担当上忍のはたけカカシの話題へと移り変わった。何も人だけではない。甘味が苦手なら何が食べられるのかと問われ、砂肝と呟けばその日の夕飯は火影を含む木の葉の忍達と焼肉になっていた。
きっとそれからだ。
彼女と会話をするようになったのは。互いに里に寄れば会話をするしそれなりに冗談を言い合う関係になり、ただの知り合い、顔見知りから"友人"と言う枠に彼女、サクラはカテゴライズされた。
だからこそ、人の感情に鈍い自分でも分かるのだ。"いつもの"彼女ではない事ぐらい。
「元気がないな」
「へ!? そんな! ぜんぜん、ぜんぜん元気よ、ほら!」
本棚の前で、大量の本を持ち、同じ本を何度も棚に仕舞っては出してを繰り返していたサクラを見かね、思わず声をかけてしまった。
元気だと主張するようにサクラは右手で力こぶを作る動作をして見せるが、心ここにあらずというのが見て取れる。声に覇気がないし、何より目が泳いでいる。
何かを隠しているなと目元を細め、ジトリと見ればサクラは引き攣った笑みを浮かべ、手に持っていた大量の本を押し付けてきた。
「大丈夫、大丈夫! なにもないよ! もう時間だから私行くわね!」
じゃあ! と手を挙げ書庫から逃げるように走り去るサクラの背中を溜息を吐きながら見送りつつ、腕の中にある大量の本の重さに、よく軽々しく持っていたもんだと感心する。
もし、サクラに何か重大な危険が迫っていたりしたのなら、ナルト達が黙って居ないだろう。かく言う自分も、今やその一人にあるというのだが。
別に全てを知りたいわけでもない。ただ、木の葉からの大切な客人であり、仲間であり、友である。
だから、なんとなく。本当に何となく癪に障る。心臓の少し下の部分が黒い影で覆われる気がした。
02. 仲の良い友人のはず、だった
→ 03. 心揺れる噂