おかしい。絶対におかしい。そう頭の中を巡る思考。首を傾げても答えは明確には出てこない。それどころか少々度が過ぎるところがあるので注意しなければいけないのではないか。
変な噂が立つと困るのは相手だろう。

 そう考え、ひとつ文句でも言いに行こう! と椅子から立ち上がった所で、入り口で名前を呼ばれサクラは振り返った。



 清らかな白い空間。
聞こえる電子音は木の葉の里と鉄の国が協力して開発した、最先端の医療機器。
その機械から伸びたチューブの先に繋がり、呼吸を繰り返す青年。
医療忍者の端くれとして、ただ、ひたすら勉強をし、サクラに想いを告げた青年は今、サクラの目の前で白いベットの中で静かに眠っている。

「呼吸は安定してるし、術後経過も好調ね……後は彼の気力次第か」

 点滴を取替え、苦しそうに呼吸をする青年をサクラは静かに見下ろした。

 戦場で一番に狙われるのは医療忍者だ。
回復が出来なければその隊が危機的状況に陥る確立が格段に跳ね上がる。
眉を顰める青年にサクラは静かに手のひらを伸ばし、淡い光を翳せば、息苦しそうに足掻いていた青年は静かに呼吸を整えだした。

(右腕の粉砕骨折に、肋骨と鎖骨の骨折、さらに顔面にヒビが入り、眼球の損傷……手酷くやられたわね)

 S級任務に向かう前、少しはにかみながら、どこか焦ったように笑っていた青年の表情を思い出し、サクラは眉を下げた。
出来る限りの治療はした。このまま何事もなければ順調に回復はするだろう。だが、右腕の粉砕骨折が酷かった。骨折なんてもんじゃない、壊死しかけていた。青年の腹部から取り出した細胞を使い、右腕の壊死は止めたが多分、動かないだろう。

(……相当な努力をしない限り、忍として生きていくのは困難だ)

 どんな想いで青年が医療忍者を目指したかなんて知らない。ただ、同じ医療忍者として掛けるべき言葉が見つからない。

 青年の、右腕を眺めていれば唸るように小さく「サクラさん」と聞こえ、サクラは小さく奥歯を噛締めた。



 ゴウゴウと唸るような風の音に、舞い上がる砂塵。風で乱れる髪の毛を軽く押さえ、サクラは医療塔の屋上から、もう幾分か見慣れるようになった砂隠の里を見下ろしていた。

「……風が強い日は外に出ないほうがいいぞ」

 もう直ぐ砂嵐が来る。医療塔屋上出入り口から姿を現し、我愛羅は砂隠の里を見下ろすサクラの背中に向かって忠告をする。
 そんな我愛羅を見る事もなく、手すりに肘を乗せ、頬杖をするサクラはゆっくりと瞬きをした。

「うん、わかってる」

 わかっているけど、どうしても風に当たりたい気分だと、サクラは心の中で小さく呟く。砂隠の里内では行き交う人が少なくなっている。各々家や施設に身を隠しているのだろう。

「例の青年は、目を覚ましたぞ」

 その言葉に顔を上げ、振り向けば、我愛羅は小さく息を吐く。

「"ご迷惑をお掛けしました"だそうだ」
「なんで……」

 他里の任務に口を出すなんてもっての他。それぞれ考えや想いがあり任務に当たるのだ。それでもサクラは聞かずには居られなかった。

「なんで彼をS級任務に行かせたの?」

 揺れるサクラの瞳に我愛羅は少しばかり苦い表情をする。きっと心を痛めているのは我愛羅だ。里の長として、部下が傷つくのを誰が喜ぶであろうか。
それでも、現状あの青年にS級任務に向かわせられる実力があったのか。ただ、それが疑問に残る。

「任務に出れる医療忍者の不足と、彼の志願だ」

 サクラはあくまで木の葉から数ヶ月派遣されただけであって、青年の上司ではない。止める事も、意見をする事も憚られる。
それでも、サクラは思うのだ。青年の志願としても実力不足だととめることは出来たのではないか。医療忍者の不足と言えど他にもまだ任務に出れる忍は居た筈。なのに。

「私が、行けばよかった……」

 過信じゃない。自分が行っても同じような目に合うかもしれない。それでも口から思わず出てしまった言葉は戻ることはない。

 「馬鹿を言うな」と顔を顰めた我愛羅に「ごめん」とサクラは地面を見ながら謝罪をした。
あくまで"砂隠の医療忍者の知識と技術の向上"の為に木の葉に打診して、サクラは派遣されたのだ。決して砂隠の任務に出るわけではない。いくら同盟国とは言え、任務外の仕事は契約違反になる。

 頭を下げ、地面を見つめるサクラに近づき、形のいい頭を我愛羅は無造作に撫でた。
ぐしゃりと乱れる髪の毛を押さえ、サクラが顔をあげれば悲しそうに笑う我愛羅の表情があった。
 そう、誰よりも後悔して、傷ついているのは我愛羅だ。
静かに、悲しく笑う我愛羅は、サクラの肩に額を置いて瞼をゆっくりと閉じた。

「……アイツはよくやった。同じ隊の忍を誰一人殺さず連れて帰ってきたんだ。任務も遂行してきた」
「うん……」

 結果として青年は怪我を負ったが任務は成し遂げた。なにの、代わりに任務に出ればよかったなどと思ってしまったことに、言ってしまった事にサクラは恥じた。

 我愛羅の背中にそっと手を回し、軽くぽんぽんと叩けば一度だけ我愛羅の背中が震える。

 一際強い風が吹き、砂が舞う。
視界を濁す砂嵐に瞼を閉じたサクラに、まるで縋りつくように我愛羅がそっと抱きしめた。

 吹き荒れる砂の中。
二人だけが存在した。



 05. 無自覚にこぼれた涙
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