「絶対怪しい!」
バン! と音を立てビールのジョッキを机に叩きつけてマツリは目の前に座るユタカに「どう思う!?」と問いかけた。
「いや、もうどうって……ねぇ」
「ほんと、どうもこうも見たとおりじゃないの?」
目の前にある串焼きを頬張りながら、ユタカとサリは肩を竦めた。
馴染みの店で、見知った店員が世話しなくあちこち動いているのを視界にいれ、サリはフルーツの匂いが鼻をくすぐるカクテルを一口飲んだ。
「だって、我愛羅様楽しそうだし。そもそもあそこまで距離感近い女性ってサクラさん以外居ないわよ」
「そうそう。サクラさんはどうなんだろうー。もしさ、我愛羅様と一緒になることがあったらやっぱりコッチに嫁ぐわけじゃない? そしたらもっと一緒に遊べるかもね」
サリの言葉に頷きながらユタカは「木の葉の美味しい店とかもっと教えてもらえるかも」と喜びながら、目の前の串焼きに舌鼓をしていた。
「……どうなんだろうサクラさんに聞いてみよう……」
しこたまビールを飲んだマツリは顔を真っ赤に染め上げ、テーブルにぺたりと頬を付け瞼を閉じながら、寝言のように呟いていた。
***
コンコンと聞こえた扉を叩く音に「はい」と返事をすると、まさかの人物の登場に病院のベットで本を読んでいた青年は思わず立ち上がった。
「お、お疲れ様です! 態々どうされたんですか」
冷や汗と流す青年に「寝ていろ」と短く話した我愛羅に促され青年は大人しくベットの中に戻っていく。
緊張した面持ちの青年に、我愛羅は「その後どうだ」と怪我の具合を聞いた。
「あ、はい。腕はこんな感じですけど、目と顔の怪我もよくなってきたので、順調です」
任務で負った怪我は酷かったが、緊急の処置が適切だったので怪我の治りは早かった。動かない腕を除いては。
「お前に聞きたいことがある」
「は、はい……」
何の用件だろうか。態々風影が病室まで来るほどだ。よっぽどのことなのか、もしやサクラに下心を抱いていたのがばれていたのか、果ては先の任務が実は失敗していただろうか。などと青年の頭には不穏な考えが頭を過ぎった。
「今後、お前はどうしたい。忍を続けるか、辞めるか、お前の意思を聞かせてくれ」
突然の意思選択に青年は少し戸惑うが、我愛羅の目を一度見て、動かない右腕に視線を向けた。
「……腕がこうなってしまった以上辞めなければいけないと思ってます。でも……」
青年は奥歯を噛締め、神経が通っていない右腕の拳を握り締めるように力を入れるが、全く動かなかった。
「正直、辞めたく、ないです。医療忍者として人を助けたい」
意志の強い瞳を見て、我愛羅は小さく笑い、青年の頭をぐしゃりと少し乱暴に撫でた。
「木の葉隠れと雲隠れの医療共同団体で、神経系を主に研究し、手足が不自由な人に向けて治療と改善に務めているところがある。前のように動くかは不明だが、忍を続ける意思があるなら、サクラの紹介でそこに行く事も可能だ」
それは一筋の希望。
二つ返事で「行きます!」と青年は答える。それは自分がこのまま忍として生きていけるかのひとつの賭け。
青年の返事に「わかった、手続きをしておこう」と我愛羅は頷いた。
青年の意思を確認した我愛羅が「邪魔したな」と病室を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、青年が呼び止めた。
「す、すみません」
「どうした」
呼び止めてしまったことに、青年は自分自身驚いた。呼び止めてどうしようと言うのか。余計なことを言わなければ、風影が自身の気持ちに気が付く事なんてないのだ。
そう思っていたが、どうしても言わずにはいれなかった。
「ぼ、僕、サクラさんが好きでした」
でした。
そういう事で青年は心の中で「ああ、本当に、終わったんだ」とぽつりと呟く。
知っていたほしかったのかもしれない。我愛羅と話すときのサクラが好きだったのだと。
我愛羅の顔を見るのが怖いと青年は思っていたが、ゆっくりと顔を上げると、我愛羅は小さく「そうか」と言葉を発した。
「アイツは、罪な女だな」
優しく笑った我愛羅に、青年は瞬きをして「本当ですよ!」と目頭を熱くしながら答えていた。
「どうなんですか、サクラさん?」
少し遅めのランチタイム。講義が終わりサクラはマツリと共に空いている店を見つけ、今日の昼はここのグラタンにしよう! と店の外に置いているメニューを見て決めたのだ。
熱々のグラタンを、ふぅふぅと冷ましていたサクラは突然のマツリの言葉に「なにが?」と疑問を持つ。
「なにがって……やだなぁー、我愛羅様とですよ! 実際お付き合いしてるんですか」
口に入れたグラタンを思わずゴクリと飲み込んでしまったサクラは少しむせて、「何を言っているの?」と言った後、咳払いをする。
「なにって……お付き合いしてるんですよね?」
「はあ!?」
頬を少し赤くして、思わず大きな声を出したサクラは椅子から立ち上がる。人が少ない店内に声が響き、店内の客と店員は何事かと視線を向けた。
「ぁ、いや。どうしてそんな事になってるの……?」
視線に気が付き気まずく座り、小声でマツリに経緯を聞く。
「よく二人でデートしてるじゃないですか? この前は手を繋いでデートしてるのを沢山の人が見てましたし……あれですよね、結婚前に砂隠れの環境に慣れる為に何度もきてるんですよね?」
「えぇぇ……?」
どうしてそんな事になっているのか。スプーンを握り締めたままサクラは眉間に皺を入れ思考を巡らせる。
確かに二人でご飯を食べに行く事はあったかもしれない。でもそれは、砂隠れの要請で木の葉からきているので客人として扱われてる為だし、ただ単に我愛羅が気を使っているだけなのだと。
「なにかの、間違いなんじゃない……? 我愛羅くん多分、好きな人いるみたいだし」
そう、そうだ。こんな噂が立つのは、我愛羅との物理的な距離が近いからだ。惚れている相手が居るのならば変な噂が立つのは我愛羅にとってマイナスだ。もっと早めに忠告しておけばよかったとサクラは頭を抱えた。
「え……? 何言ってるんですか……?」
「え?」
疑いの眼差しを向けるマツリにもう一度「え?」と言葉を発した。
「どう見たって、サクラさんのことですよね……?」
「え」
顎に指を当て、マツリはうん。と頷く。
「我愛羅様がサクラさんと居る時の雰囲気違いますし、あんなに笑わないですし、なにより里内で手を繋いで歩きませんよ」
「あれは、手を繋がれてたんじゃなくてただ、引っ張られてただけで……」
え? と混乱する頭でもう一度よく考えた。
確かに、最近我愛羅の雰囲気が丸くなったし、何よりも笑うようになってたのは知っている。
友だちだと言った時、我愛羅が何故だか溜息を吐き、どこか落ち込んでいた。鈍感だと言われた時どこか歯痒そうにイライラしていた。
考えれば考えるだけ、自分に向けられた行動かと思えばサクラは恥かしさを覚えた。
なにより、ここ最近は我愛羅が優しく笑うのしか思い出せなかった。
「まっさかー……」
「サクラさん、顔赤いです」
頬に熱が集まるのを理解し、パタパタと手のひらで扇ぐが熱は治まりそうになかった。
「サクラさんは我愛羅様のこと、どう思ってるんですか?」
純粋なマツリの疑問。
真っ直ぐ見られ、サクラは言葉に詰まる。
どう思ってるかだなんて。"友だち"と答えればよかったのに、どうしてだかその言葉が出てこない。
言葉が出ないのが、答えだった。
07. その言葉で知る無意識の底
→ 08. 恋という名の友愛以上